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23 「パパだよ」


 華を保育園に送り、結衣と信長は近くのカフェに入った。


「でーと、とはこのことか」

「そうですね」


 なんて言いながら、カフェでちょっとしたブランチ。朝食は食べているため、コーヒーを飲んで時間をつぶすくらいだが。


「信長様はブラックコーヒーですよね」

「結衣はかふぇおれだろう」


 お互いの好みもわかっていて。

 お茶が好きだった信長が、現代ではブラックコーヒーを飲んでいるのが、少しおもしろい。それも、かわいらしいアンティークな食器で。


 この姿が見たくて、自宅にもアンティークな食器を足した。たまにコーヒーを淹れて出してみるが、信長はそれを不思議なこととして認識していないらしく、自然に飲んでいた。


「結衣、何を見ておる」

 視線を感じた信長が、不思議そうに顔を上げる。


「いいえ」

 ふふっと笑いながら、結衣は視線を逸らす。


「なんだ」

 それを見て、信長も笑って。


「お仕事は大丈夫ですか?」

 結衣もカフェオレを飲みながら、世間話を振る。


「うむ。蘭がおるからな」

「森本さんを信頼していらっしゃるんですね」


 信長の秘書であり、かつての小姓のようにこき使われている人。いつかまたお礼を伝えなければ。


「たまには、このような朝も良いな」

「カフェで朝ご飯ですか? 華ときたら大変だと思いますが」

「華ともいいが、結衣と2人もいい」


 夫婦2人というのは、特別な時間だ。結衣と信長の場合、現代での新婚生活は華がいることが前提だから。


「これからは、デートもしましょうね」

 華を預けられる人ができればいいな。佐伯家に毎回預けていては申し訳ない。


 時々仕事を休んで、華は保育園に預けて、っていうのもいい。でも、そんなに頻繁に平日の仕事を休めるわけではない。


 実家に頼れればいいのに。そんな小さな気持ちは、心の奥底にしまいこんだ。


 しばらく他愛ない話をした後、

「そろそろ行きましょうか」

 と結衣が立ち上がる。


「うむ」

 信長が頷いて伝票を持つ。

 そろってカフェを出た2人は、保育園の方向へと戻っていった。




「今日は工作をしたいと思います」


 保育士の言葉に、園児たちが、

「はーい!」

 と元気な返事をする。親がいるからと張り切っている子も多い。華もそのひとり。


 華の両隣に座った結衣と信長が、華の手元を見る。


 折り紙を折って、画用紙を千切って、ハサミを使って。


 大きくなったな、なんて思う。産まれたばかりの頃は、小さくて、こんなことができる手じゃなかったのに。


「華、何を作っておる?」

「んー……」


 信長が聞いても、熱中している華は答えない。

 他の机では、親が子どもを手伝っているところもある。彼もそんなことをしてみたかったのだろう。

 危なっかしい手つきでハサミを握る華を心配そうに見つめる信長に、結衣はカメラを回した。


「華、にこってして?」

 撮られているとわかると、華は得意げに笑ってみせて。


「パパもお手伝いさせてって。何か作ってもらおうか」

「んー? じゃあねー、ここ、切って」

「うむ。任せろ」


 出番が回ってきて嬉しそうな信長が、子ども用の小さなハサミを持つ。

 華の希望通りに慎重に切っていく信長の表情が、真面目で。おもしろかった。


「できた!」

 そうして、華が満足そうに声を上げた。


「華、何作ったの?」

「かんむり! おひめさまの!」


 お姫様に憧れる華にとっては、大切な必需品。細かいところは信長が手伝って、でもほとんどは華の手で、かわいらしいかんむりが完成した。


「すごい?」

「上手にできたね」


 結衣からの言葉をもらうと、そのキラキラした目を今度は信長に向ける。


「うむ。実休光忠のような良いものだ」

「んー……?」


 そのたとえは、子どもには難しすぎるだろうに。


「パパの宝物よりすごいって。よかったね」

「うん!」


 結衣が代わりに伝えてあげると、華は嬉しそうに頷いて。


「パパとママのもあるよ!」

 お姫様のかんむりよりも一回り小さく、少しだけ飾りが少ないかんむりが2つ。


「おーさまのと、おきさきさまの」

 華の手で、信長と結衣の頭の上にもかんむりが載せられて。


「かわいーね」

 そして、華は笑った。


「おそろいだね」

 結衣も笑った。


「できた人は、先生のところに持ってきてください!」

「あ!」


 保育士の声で、華がハッと立ち上がる。

「パパ、ママ、いこ!」

 華に手を引かれて、2人も保育士のもとへ。


「せんせー、できた!」

「あら、かわいい。華ちゃん、上手にできたね」

「うん!」

「じゃあ、パパとママとお写真撮ろうか」


 保育園のかわいらしい壁を背景に、3人は並んだ。

「パパ、にっこりして!」

「ん? む、難しいな……。かめらというのは、どうにも慣れん」

 そんなことを言いながら、家族写真を撮ってもらった。




「華、お友達と遊んでおいで」

「うん!」


 参観日の後、子どもたちを遊ばせている間に、保護者は保育士と話せる。


 いつもは送迎の時間にバタバタと一言二言しか話せないし、連絡帳も限られた文字数しかない。だから、我が子の保育園での様子を知れる、特別な時間だ。


「よくお父さんとお母さんのことを話してくれますよ。きっと大好きなんでしょうね」

「そうみたいです。家でも、パパに甘えてばっかりで」


 そんな保育園での様子と家での様子を共有して。こういう時、信長はというと、

「華が寝付かないことがある。そういう時はどうすればよいのだ?」

 と、何かと保育士に質問する。


「野菜が嫌いだと言っておるが、やはり食べさせた方がよいのであろう?」

 あまりにも熱心な父親に、保育士がやや引いている。結衣はふふっと笑った。


「信長様、あんまり聞くと迷惑ですから」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ご不安なことは、なんでもご相談ください」


 保育士はそう笑顔で言ってくれて。

 初めての子育てで不安が多かった結衣には、こんな保育士たちがいる園は助かっていた。




「華、帰るよ」

 園庭で遊んでいた華を呼ぶと、華がパッと嬉しそうに駆け寄ってくる。

「ママ!」


 真っ先に飛び込んでくる娘を、結衣はしっかり受け止めて。

「華ちゃーん」

 そこに、華のお友達も寄ってくる。


「このおじちゃん、だぁれ?」

 いつもの参観日は結衣がひとりで参加していたからか、見知らぬ男を不思議そうに見上げる。


「パパだよ」

 華が当然のように言った。

「はなのパパだよ」


「へぇ~」

「はなちゃんパパ、おじいちゃんみたいだねぇ」


 子どもは正直だ。確かに、周りのお父さんたちよりは、やや年上だろうが。

「華」


 信長が、華を抱き上げる。華は嬉しそうに父親の服をつかんで。

「パパ、かっこいいんだよ」

「そうであろう」


 娘から期待通りの言葉が聞けて、信長は満足そうだ。

「そなたらも抱き上げてみようか」

「えー!」


 嬉しそうに歓声をあげる子どもたちに、

「信長様、怪我させますから」

 結衣が慌てて止めに入る。


「かまわん。儂が子らを落とすと思うか」

「そういう問題ではありませんから。ほら、帰りますよ」

 と、結衣が手を引く。


「華、帰る準備しておいで」

「うん!」


 無理やりにでも遊びから引き離し、信長を玄関まで連れていった。


「結衣は心配性か」

「他の子たちを怪我させる可能性があることはできません。責任問題になりますから」

「面倒だな」


 不満そうな信長に、結衣は頑なな姿勢を見せる。ここだけは譲れない、と示せば、信長は理解してくれるから。


「ママ! できた!」

 そこに、華が戻ってきた。

「じゃあ帰ろうか」


 そうして、結衣が華の手を取る。華は、反対の手を信長に伸ばした。



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