22 おにぎり
「ただいま」
玄関を開けて、一声かける。足になじんできたパンプスを脱いでいると、
「ママ!」
華が駆け寄ってきた。
「ただいま、華」
娘を受け止め、よしよしと頭を撫でてあげる。
「結衣」
信長もリビングから出てきた。
「ただいま帰りました。遅くなってごめんなさい」
「かまわん。華とゆっくり過ごせたしな」
そう言って、結衣を軽く抱きしめて。頭にキスを落とす姿は、まるで洋画のようで。
少しくすぐったいながらも、彼なりに愛情を示してくれているのだと、今は受け入れている。
「華、ご飯はもう食べた?」
「あのね、あのね、パパがね、おにぎりつくったの」
大興奮で嬉しそうな華に、結衣は微笑んで。
「握り飯くらいなら、儂でも作れるからな」
「炊飯器、難しかったでしょう。うまく炊けましたか?」
「儂にかかれば、からくりなぞなんのことはない。すまほで調べれば、すぐ出てくるわ」
戦国武将がスマホを自在に操るなんて、誰が想像するだろう。すっかり現代になじんでいる信長に、結衣も笑みがこぼれる。
「ママも、パパのおにぎりたべる?」
「そうだね。食べようかな」
楽しそうに跳ねる華をなだめるように頭を撫でながら、結衣はリビングに入っていく。
「ママ、ママ。あのね」
もうそろそろ寝る時間だというのに、すっかり大興奮だ。
それを見た信長が、
「華、この父に飯を作ってくれんか」
と言う。その瞬間、華はパッと目を輝かせて。
「いーよ!」
大きなおままごとセットのところに駆けていった。
「ありがとうございます、信長様」
すっかり華の扱い方もうまくなった。これで、結衣は落ち着いてご飯が食べられる。
リビングの机には、結衣の分の夕食と、あとは華の連絡帳が置いてあった。
「連絡帳を見ていたんですか?」
「いつも結衣が読んでおるからな。返事を書くのであろう?」
結衣の真似をして、華の親としての役割をしようとしてくれたらしい。
でも結衣は、信長が書きものが苦手だと言うことを知っている。
「あとでわたしがやりますよ」
「それは助かるな。字を書くのはどうにも苦手だ。あのぼーるぺんとやらは、書きにくい」
戦国時代にいた時も、よく小姓や家臣に代筆させていた。筆さえも握りたがらないのだから、ペンというなじみのないものでは、余計に難しいだろう。
結衣がおかずを温めようとキッチンに入っていくと、
「結衣、座っておれ。儂がやる」
信長が先を越していった。彼がキッチンに立つことはあんまりないが、使い方は知っているらしい。
「お味噌の匂い」
「うむ。味噌汁を作ったのだ。華がわかめを入れろと言っておった」
「わかめ、好きですもんね」
「豆腐は残したがな」
華が好きなのは、味噌汁よりも中華風のわかめスープ。でも、信長は慣れている味噌汁を選んだらしい。華が食べたというなら、きっとおいしかったのだろう。
「お買い物もいったのですか?」
「うむ。結衣と何度も行っておったからな。華のわがままには苦労したが」
きっとお菓子がほしいとねだったに違いない。結衣と行く時さえも、こちらが譲るまで頑として譲らないのが華だ。
「何か買ってあげましたか?」
「お菓子をひとつな。宝がついているらしい」
宝石のおもちゃがついたお菓子は、華のお気に入り。宝石を集めるために、何個も買っている。そうして集めた宝石を、宝箱に入れては時々眺めている背中を、何度か見ていた。
「食え」
信長が食事を並べる。卵焼きに、お味噌汁に、おにぎり。シンプルな彼らしい夕食。
「ありがとうございます」
お礼を言って、手を合わせる。まずは味噌汁から。豆腐とわかめという、ごくシンプルなもの。でも、おいしい。ホッと温まりながら、
「作り方、何かで調べたんですか?」
と聞いてみる。
「うむ。さいと、というものでな」
何のサイトを使ったのだろう。料理サイトはたくさんあるはずだ。
「パパ!」
そこに、華が料理を終えておもちゃを持ってきた。
「できた!」
「何を作ったのだ?」
「えとね、かれー!」
華を抱き上げ、膝に座らせながら、信長は話を聞いてあげる。
人参とじゃがいもをお鍋に突っ込んだだけの、華の料理。いつも結衣が作るカレーの具材をよく見ている。
「パパ、おいしい?」
「うむ。なかなかうまいな。華は料理もうまいのか」
「んふ」
褒められれば、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「華、今日は保育園で何したの?」
「んとねぇ、おえかきとー、おひるねとー」
保育園でやったことを、指を折りながら教えてくれた。
「楽しかった?」
そう聞けば、
「うん!」
と元気な返事が返ってくる。
「あのね、おえかきでね、パパとママのえ、かいたらね、せんせーがじょーずだねって!」
「そっか。よかったね」
保育園でのパパの話ができるのが嬉しいらしく、保育士からも「今日も聞きました」という話を聞くこともよくあった。
「あ、すっぱいの!」
華が、結衣のおにぎりを指す。
「梅干し?」
「やーよ」
そうか。華に食べさせたことはなかった。
「華、梅は滋養にいいのだぞ。戦にもよく持っていったものだ」
「やー」
信長が言い聞かせても、華はぷいっと顔を背けて。
「苦手な味だったんだね」
確かに子どもが得意な味ではない。
信長は華に栄養のあるものを食べさせたくておにぎりの具に選択したのだろうが、華は気に入らなかったらしい。
「ママは梅干し好きだよ」
「おいしい?」
「うん、美味しい」
「ふぅん」
華は「なぜ美味しいかわからない」と言いたそうに不思議そうに首をかしげる。
「華、お風呂は入った?」
「うん! ぱぱとね、ぴゅって! みずでっぽ、した!」
結衣が仕事で帰りが遅くなる日は、そんなにない。華にとっては非日常だったのだろう。
「よかったね」
これは、寝かしつけが大変そうだ。全く寝そうにない娘の話を笑顔で聞きながら、そんなことを考えていた。
「結衣、風呂に入ってよいぞ」
夕食の後、信長がそう言ってくれた。
「あ、でも、片付けが」
「あとでよいではないか。華は儂が寝かしつけておく」
「じゃあ……よろしくお願いします」
信長に任せて、結衣は久しぶりにお風呂にゆっくり浸かった。
いつもは結衣が華をお風呂に入れているから、こんなにゆっくりできない。
「ふぅ……」
ふと、ため息がこぼれる。
娘はかわいい。命をかけて産んで、人生の全てをかけて育ててきた。かわいくて、愛おしい存在。
それでも、こうして静かな時間を過ごすのは、やっぱり嬉しくて。
信長は、こういうところも勉強したのだろうか。こんな気遣いができるなんて。
戦国時代にいた彼からは、全く想像できなかった。
お風呂を終えてリビングに戻ると、そこには信長も華もいなかった。隣の部屋で寝ているのだろうか。
この間に、結衣は食器を片付け、華の連絡帳に目を通す。家での様子を書き込んでいると、信長がリビングに出てきた。
「華、寝ましたか?」
「うむ。少々てこずったがな」
信長が結衣の前の席に座る。
「結衣の字は綺麗だ」
「ふふ。筆よりは綺麗に書けますよ」
2人きりの時間は、どこか甘くて。
「そういえば、結衣。さんかんび、とはなんだ?」
「親や保護者が、子どもの保育園での様子を見られる行事です。そういえば、そろそろ時期ですね」
ちょうどこの時期。去年くらいから結衣も参加している。
「仕事、休んでおきますね」
「儂も行ってよいか?」
それは、意外、しかしどこかで予想していたような言葉だった。
「もちろんです。一緒に行きましょう」
信長の仕事は、きっと森本が調整してくれる。それよりも、華の保育園での様子を、信長にも見てほしい。そう思った。




