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完全手動(フルマニュアル)おじさん、ダンジョンの意思?に人間卒業させられました。  作者: 別所 セラ
異世界 to 地球編

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第72話 ダンジョンとは何か

「ダンジョン、ねえ」


 手にしたアルミ缶を傾け、残っていたビールの最後の一滴を喉へ流し込む。

 空になった缶をローテーブルに置く。そして、目の前に浮かぶ人工的な少女――サポートAIのナビ子へ視線を向けた。


「そういえば、出会ったばかりのころ、ダンジョンに意志があるみたいな話をしてたな」


 ホログラムの腕を胸の前で組み、ナビ子はコクリと真面目な顔で頷く。


『はい。実はマスターが秘銀級(ミスリル)に到達した時点で、私の中にある【情報共有権限】のロックが解除されていたんです』


「……お前、俺がレベル500を超えたのって、王家専用ダンジョンに潜ってたときじゃねぇか。もっと早く言えよ」


『言えるわけないじゃないですか!』


 ナビ子の甲高い声が、静かなリビングの空気を切り裂いた。彼女は顔を真っ赤にして、こちらを抗議するように睨みつけている。


『次から次へと規格外の化け物を引き寄せて、地球に戻ってきたと思ったらスタンピードにカチコミにいくような人の、一体どこに落ち着いて座学をするタイミングがあったんですか! ここ数日はゆったりしてるからと、気を遣っていたというのに! 次からは気を遣わなくていいんですか!?』


 どうやら彼女なりに、タイミングを見計らってくれていたらしい。


「悪かったよ。頼りになるからって甘え過ぎだったか……」

『ま、まぁ、優秀なサポートAIに甘えてしまうのは仕方ありませんね』


 途端に声のトーンを上げ、ナビ子は嬉しそうに胸を張った。

 ……相変わらずチョロい。チョロすぎて心配になる。

 こっちが密かに胃を痛めていると、ナビ子は小さな咳払いのフリをして居住まいを正した。


 直後、空中に巨大なホログラムウィンドウが展開される。

 そこに映し出されたのは、真っ黒な宇宙空間のような背景と、そこから青い惑星へ向かって伸びる、おぞましい赤黒いモヤのような線だった。


『結論から言いましょう。ダンジョンとは、【原罪】と呼ばれる存在を浄化するために作られた、巨大な濾過プラントです』


「……濾過プラント?」

 表示されている宇宙の映像と似合わない用語に、俺は思わず眉をひそめる。

 テレビの前に座るエレンも、ポテチを齧る手を止め、鮮血のような瞳をこちらへ向けた。


『この宇宙には、開闢の時から存在する、あらゆる可能性を秘めた万能のエネルギーが存在しています』

 ナビ子の指先が空を切る。連動して、ホログラムの赤黒いモヤが拡大された。


『そして、そのエネルギーの利用法を編み出し、栄華を誇った超越的な文明がありました。しかし、その万能のエネルギーには、途轍もない欠陥があることが判明します。知性体の精神や物理法則に悪影響――つまり、侵食や変異を引き起こす猛毒の性質を持っていたのです』


 再びナビ子の指先が動く。赤黒いモヤがどす黒く変色し、周囲の空間を侵食していく映像が映し出された。

『何も考えずにこのエネルギーを使い続ければ、文明どころか、宇宙に存在するすべての知的生命体がターゲットになり、滅びてしまうことがわかりました』


 俺は冷蔵庫へ歩み寄り、二本目の冷えたビールを取り出す。プルタブに指をかけ、力を込めた。

 プシュッ――。

 炭酸の弾ける小気味良い音が鳴る。

「なるほどな。じゃあ、使うのをやめればよかっただろ」


『それができれば苦労はしません。その超越的な文明は、すでに万能のエネルギーに依存しきっており、いまさら手放すことはできなかったのです』

 ナビ子が、やれやれといった様子で首を振った。


『どうすればいいかを考えた結果、彼らは「できるだけ安全に使えるようになればいいんじゃないか」という結論に至りました。そして、エネルギーの毒素部分のみを浄化して利用するための巨大な防波堤を構築したのです』


 冷たい麦酒を胃の腑に落とす。短く息を吐き出してから、俺は口を開いた。

「……それが、ダンジョンシステムってわけか」


『その通りです。システムはエネルギーを【モンスター】という分かりやすい形に変換して出力。そして、探索者がそれを倒した際に生じる『破壊』のプロセスを利用して、毒素部分を浄化しているのです』

 ホログラムの映像が切り替わる。赤黒いモヤがモンスターの形をとり、それが倒されてキラキラと輝く光の粒子へと変わっていく。


 その映像を見て、俺はビール缶をローテーブルに置いた。訝しげにナビ子を見返す。

「……ちょっと待てよ。それって何かおかしくないか。汚水を浄化するのに汚水を使ってるようなもんだろ」


 ナビ子がホログラムの胸を張る。

『素晴らしい着眼点です、マスター。その通り、原罪のエネルギー同士をぶつけても浄化はできません。だからこそ、システムは原罪を【モンスター】という『物理法則で殺せる形』に固定しているのです』


 ナビ子がホログラムの胸を張る。

『本来、原罪は形を持たない混沌のエネルギーです。それを無理やり、寿命や弱点を持つ生物の枠に押し込む。そして、外の存在である探索者が【討伐】することで、初めて原罪の毒性が分解される仕組みになっています。さらに、システムはアバターシステムを介して、砕かれたエネルギー――薄められた毒素を少しずつ探索者の魂に吸収させています』


「ちょっと待て。俺たち、毒を吸い込んでるのか?」


『はい、一般の探索者は。そうやって魂に抗体を作らせながら、エネルギーを安全に受け入れられるよう、器の限界容量を拡張していくのです。それこそが【レベルアップ】の正体です』


 ナビ子は、少しだけ呆れたような、あるいは感心したような表情を浮かべた。


『ただ、マスターの場合はまた少し話が違います。アバターシステムに依存せず、システムの安全装置をほぼ利用しないで探索していたため、実は長年、濾過されていない毒素を直に浴び続けていたんです。死んでいないのが奇跡とでも言いましょうか』


「……え? 俺、そんなヤバいことしてたの?」


『ええ。ですが、その結果としてマスターの肉体と魂は、毒素に対する極めて強固な耐性を獲得しました。だからこそ、自律進化(スタンドアロン)という規格外のスキルが付与されたのです』


 探索者になりたての頃の記憶が、脳裏をよぎる。

 最初の数ヶ月、俺はモンスターを倒すたびに内臓が焼け付くような苦しさに襲われ、ダンジョンの隅で何度も胃液を吐き出していた。

 あれは単なる肉体疲労や精神的なショックではなかった。原罪の猛毒を直に浴びていたことによる、急性の拒絶反応だったというわけか。


「……なるほど。あの時の吐き気は、そういうことだったのかよ」


『はい。そして、お分かりかと思いますが――その万能エネルギーこそが、【原罪】と呼ばれるものの正体です』


 ナビ子の言葉に合わせて、ホログラムの映像が再び切り替わる。今度は巨大な濾過装置のようなものを通り抜ける光の粒子が映し出された。


『原罪は超越文明に悪影響を及ばさぬよう、我々がいる世界から隔離され、多元宇宙の折りたたまれた【虚数空間】に封じられ、一件落着のように思えました』


 じゃなきゃ、わざわざ俺たちの住む地球に、ダンジョンなんて厄介なものが生まれるわけがない。

「どうせ問題が発生したんだろ?」

 俺が先回りして言うと、ナビ子はホログラムの胸を張り、得意げに微笑んだ。


『流石は私のマスターですね。ご名答です。そこから先は予定外の問題が発生しました』

 ナビ子の表情がわずかに曇る。連動して、ホログラムの映像が不穏な動きを見せた。


『原罪は、知性を持つ生命体に惹かれる性質を持っていたのです。隔離したはずの原罪は、人類のような知性体の住む物理世界に向けて、次元の狭間から【触手】のように自ら伸びてくるようになりました』


 映像の中で、赤黒いモヤの一部が鋭く尖り、薄いガラスのような次元の壁に突き刺さる。

『この触手が次元の壁を食い破り、地表に到達して空いた【穴】。これこそが、ダンジョンなのです。隔離したエネルギーが、獲物を求めてこちらの世界に漏れ出している状態、と言い換えてもいいでしょう』


 俺はもう一口ビールを煽り、頷いた。

「なるほど。外の世界から突き刺さったパイプの断面みたいなもんか」


 ナビ子の説明を反芻し、頭の中で情報を自分の生活圏の言葉へ変換する。

 要するに、下水道から逆流してくる猛毒のヘドロに対し、各家庭のトイレ(ダンジョン)に浄水器システムを取り付け、安全な水(魔石や素材)に変えているようなものだ。

 そう考えると、階層による難易度の違いも容易に腑に落ちる。


「浅層は触手の先端だから、システムの濾過が効いてる。だが、深層は触手の根元……次元の裂け目に近いから、汚染濃度が高い。そういうことか」

『ご名答です。深層に潜るほど敵が強くなるのも、原罪の本体に近づくからです』


 壮大すぎるスケールの話だ。

 宇宙の始まりだの、次元の壁だの、人類の危機だの。

 だが、俺の心は驚くほど凪いでいた。心拍数一つ変わらない。

 残ったビールを飲み干し、短く息を吐き出す。

「……ふーん」


『……あれ? もっとこう、「なんだってー!?」みたいな驚きはないんですか?』

 予想外の塩対応に、ナビ子がホログラムの目を丸くした。


「いや、だって規模がデカすぎてなぁ。一人の手でどうこうできる問題じゃねぇし、システムが防波堤として機能してるなら、気にすることでもないだろ?」

 俺はソファの背もたれに深く寄りかかり、天井のシーリングライトを見上げる。


「システムが巨大な下水処理場なら、俺たち探索者は配管の詰まりを掃除する清掃業者だ。現場の作業員が、下水の起源なんていちいち気にしてたら仕事にならねぇよ」


 呆れたように、ナビ子はため息をついた。

『……清掃業者。宇宙の存亡に関わるシステムを、随分と俗っぽい言葉に落とし込みますね』


 ナビ子の話を聞いたからといって、「よっしゃ、じゃあ俺がダンジョンに潜って原罪を消滅させてやろう!」なんてヒロイックな使命感はさらさら浮かんでこない。

 というか、宇宙の始まりからあるエネルギーなんて、俺個人の力でどうにかできる気もしない。


 ただ、相変わらずダンジョンって場所は理不尽でわけがわからなくて――同時に、俺に生きるための力をくれる場所だということは再認識できた。

 俺はいつかたどり着くのだろうか、触手の根元──ダンジョンの深奥へ。

「システム手数料高すぎだろ!」という違和感があったと思うのですが

実のところ、手数料自体は18パーセント(プラスα)くらいで、浄化コストが大半を占めてました。


世界観の話なので、難しければ「ダンジョンは凄い文明が必要に迫られて作ったシステム」くらいの感じでとらえておいてください。


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― 新着の感想 ―
世界設定の話はじっくり読まないと後が面白くないので、大切な回ですねぇ
なぜか?赤い服と緑の服を着た。ヒゲの兄弟を思い出した。
こう、50度のお湯を100度の熱湯と0度の氷にわけて利用します、みたいな……。 それ、除去された毒部分だけが変なところに溜まっていったりしてない……?(怖)
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