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完全手動(フルマニュアル)おじさん、ダンジョンの意思?に人間卒業させられました。  作者: 別所 セラ
異世界 to 地球編

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第59話 おじさん、悩まされる


 放置してダンジョンに潜れば、村人が地雷を踏み抜く未来しか見えない。

 かといって連れて行けば、ダンジョン外でも出力が減衰しない異常性が露呈する。

 ……詰んでいる。


「……あの、エレオノーラさん」


「なぁに?」


 俺の声が届いた瞬間、鉄仮面のようだった美貌に亀裂が走る。

 隙間から、愉悦の色がどっと溢れ出した。

 唇が艶やかに歪み、鮮血の瞳が熱を帯びていく。

 獲物を前にした肉食獣か、あるいは稀代の至宝を愛でる蒐集家か。


 客観的に見れば、絶世の美女が微笑んでいるだけの図だ。

 だが、その内面――エレオノーラという人間が読めなくて怖い。


 ……どう切り出すべきか。

 小手先の言い訳が通じる相手ではない。ならば、一周回ってシンプルに頼むのが正解か。

 腹を括り、直球を投げ込む。


「……帰っていただけます?」


 だが、エレオノーラはきょとん、と首を傾げた。


「え? どうして?」


 本気で不思議そうだ。

 自身が拒絶される可能性など、思考の片隅にも存在しない顔。


「いや、どうしてって……迷惑だからですよ」


「あら……そうなの?」


 長い睫毛が、意外そうに瞬く。


「私が居ることは、貴方たちにとって名誉なことだと思っていたけれど……迷惑だったのね」


 きょとんとした顔には、効果音がつきそうなほどの無垢さが張り付いている。

 そこに悪意を探そうとしても、微塵も見当たらない。

 そんな顔をされると毒気を抜かれそうになるが、ここで情にほだされては元も子もない。

 オブラートに包んでも伝わらない相手だ。心を鬼にして、事実を突きつける。


「えぇ。ハッキリ言いますけど、大迷惑です」


「そう。なら、仕方ないわね」


 エレオノーラはあっさりと腰を浮かせた。


「貴方の生活を阻害するのは本意じゃないわ。今日のところは出直すことにする」


「え、帰るんですか?」


「えぇ。迷惑なんでしょう?」


 話が早い。早すぎて逆に拍子抜けする。

 傲慢な態度は崩さないが、理屈が通れば即座に引く潔さ。

 この女、中身は驚くほど素直なのではないか?


「まぁ、貴方に嫌われても本末転倒だものね。又来るわね。じゃあね」


 エレオノーラは立ち上がり、優雅に一礼してみせた。

 景色が、布のようにぐにゃりとたわむ。

 次の瞬間にはもう、彼女の姿だけが掻き消えていた。


 転移魔法。前触れもなく、音もなく。

 窓の外には、黄昏の光だけが残っていた。


 出来れば、一週間くらい来ないでくれ。そうすれば俺は、地球に帰っている。

 頼むから逃げ切らせてくれ。切実な願いが、溜息と共に漏れた。


 肺に溜まっていた空気を、全て吐き出す。

 背中に、シャツが張り付いていた。そこから不快な冷たさが伝わってくる。


 重苦しい空気を振り払う。俺は扉を開け、小屋の外へと出た。


「あの、湊様……」


 声の方を向くと、ユルダが恐縮した様子で立っていた。

 その背後、遠巻きにこちらの様子を窺う村人たちの視線が痛い。


「大変失礼かと思いますが、あのお方は……奥方様でしょうか?」


「いや、違うぞ」


 食い気味に否定する。

 だが、ユルダの勘違いは氷山の一角に過ぎない。遠巻きに見ている他の村人たちも、似たような誤解をしている可能性がある。

 ……放置すれば、誰かが地雷を踏む。


 俺はパン、と手を叩いて注目を集めた。

 丁度いい。ここで全員に周知徹底しておく。


「いいか、みんな聞いてくれ。さっき来てた人は、とんでもなくエライ人だ」


 ざわめきが静まり、全員の視線が突き刺さる。


「間違っても『奥さんですか』なんて聞くんじゃないぞ? 冗談抜きで、村が地図から消えかねないからな」


 村人たちの顔が一斉に青ざめ、首がもげそうな勢いで縦に振られた。


「基本方針は『触らぬ神に祟りなし』だ。向こうも、お前たち個人には興味がない……はずだ」


 言いながら、確信が揺らぐ。あの女帝、気まぐれすぎる。

 だが、下手に媚びるよりはマシだろう。俺は指を立てて、要点を整理した。


「もしまた村に来ることがあっても、決して刺激しないように。挨拶くらいはしてもいいし、話しかけられたら普通に答えて構わない」


 念を押すように言葉を継ぐ。


「ただ、必要以上に話をしなくていいからな。とにかく俺の家に通して、あとはそっとしておいてくれ。いいね?」


 村人たちが一斉に頷く。その顔には「絶対に関わりたくない」と書いてあった。

 よし、これで余計な誘爆は防げるだろう。


 張り詰めた空気を緩和するため、俺は口調を明るくした。


「集まってもらったついでだ。この間の探索で手に入れた肉や素材があるから、みんなで分けてくれ」


 俺はインベントリを操作し、虚空から大量のモンスター素材を取り出した。

 ドサドサと積み上がる肉の山を見て、村人たちから歓声が上がる。

 湧き立つ人々を見て、ふと懐かしい記憶が蘇る。

 この村に来たばかりの頃も、こうして肉を配った。

 あの頃に比べると、みんな随分と顔色が良くなったし、活気も満ちている。


 もうすぐ、地球に戻る予定だ。

 もちろんこれからも顔を出すつもりだが、今の村の活気を見れば、過度な心配は不要だろう。

 みんな、逞しくなった。


『なんですか、孫を見つめるおじいちゃんみたいな顔をして』


 不意に、脳内でナビ子が茶々を入れてきた。


「やかましい。……これなら、俺が地球に戻っても大丈夫そうだなって確認してたんだよ」


 視界の隅で、ナビ子のホログラムが動いた。

 人差し指を立て、チッチッチと左右に振っている。

 出来の悪い生徒を諭す教師のような、可愛らしい仕草だ。


『甘いです。念には念を入れて、防衛を強化しましょう』


「そりゃ、そうするに越したことはないが……今すぐできることなんてないだろ?」


『いいえ、あります。このアイテムを、ベルクに使用しましょう』


 脳内で、新たなウィンドウがポップアップする。

 そこに表示された文字列は、『殲滅兵器の設計図ジェノサイド・ブループリント』。

 説明文を読み、俺の頬が引きつった。


「……おい、『破壊衝動に脳を汚染される』とか書いてるぞ。ついに正体を現したか、ポンコツAI」


 冗談めかして毒づく。


『失敬な。そんなわけないでしょう。全権限委譲(フルアクセス)を許可されているので、破壊衝動に関連する機能をオフにするくらいわけないんですよ』


「おー、マジか! 流石ナビ子、さすナビ!」


 俺が褒めちぎると、視界の隅に現れたナビ子のホログラムが、えっへんと胸を張った。

 虹色に煌めく銀色のショートボブを揺らし、淡い金色の瞳を得意げに細めている。

 半透明の白いワンピースを揺らし、華奢な体でドヤ顔を決める姿は、なんとも可愛らしい。


『ふふん、任せてください。デメリット付きでレジェンダリーだったアイテムですからね、性能はお墨付きですよ』


 得意げな声を背に、俺は工作班のリーダーであるベルクに手招きした。


 俺の手招きに応え、人混みが割れた。

 現れたのは、ひょろりと背の高い男――ベルクだ。

 常に猫背で目つきが悪く、一見すると不審者にしか見えないが、その腕は確かだ。

 俺のバール捌きに心酔し、勝手に「師匠」と呼んで慕ってくる可愛い弟子(?)でもある。


「ベルク。ちょっといいか」


「……師匠」


 ベルクは手遊びしていた小さな歯車を握り込み、のっそりと顔を上げた。

 無愛想な目つきだが、その奥には隠しきれない期待が灯っている。


「……俺に、何か?」


「お前にピッタリのアイテムがあってな」


 俺はインベントリから『殲滅兵器の設計図ジェノサイド・ブループリント』を取り出した。


「こいつを使うと、お前に『殲滅兵器』――簡単に言うと、村を守るための超強力な兵器を作る知識が授けられるんだが……使ってもいいか?」


「……! 知識を、授ける?」


 ベルクの喉仏が、大きく上下した。乾いた音が、静寂に響く。

 怪しげなアイテムだが、彼の目に宿るのは恐怖ではない。純粋な好奇心だ。


「あぁ。使ったら、知識が勝手に植え付けられるイメージだ。勉強した記憶がないのに知識があるっていうのは、正直気持ち悪いかもしれない。嫌だったら無理に使わなくていいが、どうする?」


「やります。是非、やらせてください」


 即答だった。

 俺は頷き、インベントリから取り出した『設計図』を手渡す。


 それはただの紙切れではない。

 材質は、闇を切り取ったかのような漆黒。

 その表面で、血のように赤い幾何学模様がゆっくりと脈動している。

 見る者を不安にさせ、同時に魅了する、禍々しくも美しいレジェンダリーアイテム。


「……いきます」


 ベルクの手が震えている。彼は覚悟を決めたように、設計図を開いた。

 その瞬間、黒い紙片が弾けた。

 眩い光が溢れ出し、視界を白く染め上げる。

 光の帯の中から、無数の幾何学模様と数式が飛び出した。

 それらは宙を舞い、ベルクの眉間へと次々に吸い込まれていく。


 神秘的で、どこか恐ろしい『知識の伝達』の儀式。

 やがて光が収まると、手元の設計図は塵となって消え失せていた。


「……っ、はぁ、はぁ……!」


 ベルクが膝をつき、荒い息を吐く。

 だが、その瞳は見たこともない熱を帯びていた。

 普段の無口さが嘘のように、彼は震える唇で言葉を紡ぎ出した。


「すげぇ……全部、頭に入ってきた……!

 なんだこの構造、魔力回路の配置が常識と真逆……いや、逆相位相殺を動力に転用しているのか!?

 無茶苦茶だ、でも理論上は成立する……これなら効率が段違いどころじゃない、永久機関に近い……!

 美しい……なんて美しい機構なんだ……!」


 彼は何もない虚空を掴むように指を動かしている。

 焦点の合わない瞳で、脳内にインストールされた設計図をなぞり、ブツブツと譫言のように呟いているのだ。


「……おいナビ子、本当に副作用はないんだな?」


 普段の無口さが嘘のような変貌ぶりに、俺は思わず引きつった笑みを浮かべる。

 しかし、ナビ子は涼しい顔だ。


『問題ありません。未知の技術体系に触れた技術者特有の、一時的な興奮状態です。脳への悪影響は皆無ですのでご安心を』


「ならいいが……」


 脳内への直接インストールは成功したようだ。

 俺は気を取り直し、ベルクの肩に手を置いた。


「その知識を使って、この村を守ってやってくれ」


「はいっ! 任せてください、師匠!」


 ベルクは宝物を抱える子供のような顔で、作業場へと走っていった。


          ◇


 夜。小屋で一人、俺はベッドに寝転がり、天井の木目を数える。

 思考を占めるのはエレオノーラのことだ。


 期間が空くなら、その隙に地球へ逃げておこうとも考えた。

 だが、よく考えるとそれはそれで不味そうだ。俺がいないタイミングで彼女が来て、会えないことに腹を立てたら?

 

 先輩の恩人だし、そんな危険人物ではないと信じたいが、如何せん初見の印象が悪すぎた。

 しかし、ポポが話しかけても普通に応対していたし、帰れと言ったら素直に帰った。

 善人なのか、悪人なのか。あるいは、そのどちらでもないのか。


 どうするのが正解なのか。


『マスター。エレオノーラの扱いに悩んでいるようですね』


 不意に、脳内でナビ子が声をかけてきた。


「……あぁ。どうしたもんかな、と思ってな」


『当該個体を問題ない範囲で解析した結果からの推測ですが』


 勝手に解析したのか。

 無言のツッコミなど意に介さず、ナビ子は言葉を継ぐ。


『彼女は、純粋に天鋼級(アダマンタイト)になりたいという気持ちが強いようです』


「あぁ、そうだろうな。それはなんとなく分かる」


『逆に言うと、マスターが天鋼級(アダマンタイト)になれる鍵だと真に示すことができれば、格付けが完了するとも言えます』


「つっても、別に俺が天鋼級(アダマンタイト)にさせてやれるわけでもねぇし」


『いいえ。実は、エレオノーラがマスターを鍵だといったのは、あながち間違いではないのです』


「……え?」


 ナビ子の言葉に、俺は思わず上体を起こした。

 視界の隅で、彼女の輪郭が微かに明滅した。

 淡い金色の瞳の奥を、膨大な光の文字列が滑り落ちていく。

 半透明の少女は、悪戯っぽく、けれどどこか底知れない笑みを浮かべていた。

製薬会社様に感謝の更新。

なんとか、今日分の更新は確保できました。


エタる心配はありませんので、ぜひブックマークで更新を見逃さないようにしていただければと思います


ブックマークや☆☆☆☆☆評価で背中を押してくださるあなたへ。

本当にありがとうございます。


この作品が続けられているのはあなたのおかげです。


まだの方、いつでも構いませんので少しでも面白ければ評価を頂けると嬉しいです。

★は五個まで増やせます。

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― 新着の感想 ―
すでに5個です 久々に楽しめる作品なんですから
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