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完全手動(フルマニュアル)おじさん、ダンジョンの意思?に人間卒業させられました。  作者: 別所 セラ
異世界 to 地球編

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第47話 おじさんと、おじさん

第三章開始します。

「飯を食うぞ!」

 先輩の叫び声が回廊に響いた。

 次の瞬間、俺の腕が太い指に掴まれる。そのままの勢いで、俺の体は引きずられていった。

 通されたのは、城の最奥──王の私室側に寄り添うように作られた、私的な食事室だった。


 分厚い扉が閉ざされる。外界の喧騒が、ふっつりと途切れた。

 室内に控えるのは給仕が二人だけ。護衛の兵士は見当たらない。


 不用心では?

 思考が脳裏をよぎる。だが、向かいの席にドカと腰を下ろした巨体を見て、それは霧散した。

 そういえば、この人は天鋼級(アダマンタイト)探索者だった。


(……いや待て。なんでちょっと目を離した間にそんなことなってんだよ。バグかよ)


 長卓の上には、暴力的なまでの『旨味』を具現化したような料理が並んでいた。

 皿の上で、ルビーのように透き通る赤身が震えている。その表面を、黄金の脂が網の目のように走っていた。

 湯気が立ち上る。それだけで脳髄が痺れるほど芳醇な香りが、鼻孔を突き抜けた。

 琥珀色のシチュー。塩と香草が香るスープ。真っ白なパン。


 それと──艶のある白い粒が、椀の中でふっくらと湯気を立てていた。

 この世界に来てから一度も嗅いだことのない、甘く、どこか郷愁を誘う匂いが鼻腔をくすぐる。


「どうだ! 米だぞ。やっぱりこれがないとな」


 ヴィクター王──先輩は嬉しそうに、椀を持ち上げた。


「この穀物を探し出すのにな、騎士団を五つ動かしたんだよ。んで、こいつが育つ沼地を干拓するのに土木ギルドを脅して──いや、説得してだな」


 王になった後、これだけの白さに辿り着くまでにどれほどの金と権力を注ぎ込んだか。熱っぽく語り始める先輩の語り口から、その執念深さが滲み出ている。たぶん、そこには大河ドラマ級の物語があったに違いない。


 だけど。


「……いや、先輩。米の話も良いんですけど、もっと聞きたいことが山ほどあるんですが」


「あぁ、すまんすまん! そうだよな。この肉はダンジョンの100層付近、『星の熱源(アストラル・コア)』ってエリアを回遊する『恒星竜(ステラ・ドラゴン)』の胸肉だ。死んでもなお肉自体が熱を発し続けてるから、封印指定クラスの魔導炉で三日三晩──」


「いや、そうじゃなくて! なんで王様になってんの? とか天鋼級(アダマンタイト)ってどういうこと?とか」


「ぶはっ!」


 先輩が吹き出した。テーブルが揺れる。

 分厚い胸板が波打ち、頭上の王冠が少しズレるのもお構いなしだ。

 日焼けした顔をくしゃくしゃにして笑うその表情は、王様というより、休み時間に悪巧みを成功させたガキ大将そのもの。


「からかわないでくださいよ……」

「わりぃわりぃ。お前が必死な顔してるのが懐かしくてな。つい」

「……はぁ」

「ま、細かい話は後だ。とりあえず今は飯食おうぜ。冷めちまう」


 先輩が、豪快にステーキへかぶりついた。

 その野生的な咀嚼音を聞いた途端、俺の胃袋が限界を訴えるように鳴った。


「いただきます」


 椀を両手で包み込む。温かさが掌から伝わり、強張っていた指先の筋肉を解していく。

 先輩が苦労して手に入れたらしいご飯を口へ運ぶ。

 日本で食べていたモノより味は薄い。けれど、噛むたびに、甘みが舌の上で優しく広がる。

 この世界で生きるために無理やり回していたエンジンの熱が、すうっと引いていくのがわかった。


「……生きてて、よかったです。ほんとに」


 言葉が口をついて出た後で、頬が熱くなる。

 先輩は肉を噛み切りながら、照れ隠しみたいに鼻を鳴らした。


 そこからは、もう止まらなかった。

 恒星竜のステーキは、口に入れた瞬間に濃厚な旨味が爆発し、噛むたびに熱い活力が全身を駆け巡る。脂の重さを、米もどきの淡泊な甘みが優しく受け止めてくれた。シチューは喉を通るたびに五臓六腑に染み渡り、冷え切っていた芯を溶かしていく。


 言葉を交わすのも惜しい。ただひたすらに、咀嚼し、飲み込み、生きていることを実感する。

 先輩も同じだったらしく、山のような料理がみるみるうちに消えていった。


 やがて。

 最後の米粒を胃に収め、俺は大きく息を吐いた。


「……食ったぁ」


 満腹感と共に、心地よい気だるさが四肢に広がる。泥のように重かった体が、今は羽毛のように軽い。

 給仕が丁度良いタイミングで、食後のお茶を出した。

 それを啜りながら、俺はずっと喉に引っかかっていた小骨を吐き出すことにした。


「そういや、あのワーム、殺しときましたよ。仇だと思ってたんで」

「マジか! よくやった!」


 先輩は手を叩いて喜んだ。王冠が落ちそうなほどのオーバーリアクションだが、瞳の奥にある光は真剣だ。


「あいつの腹の中、最悪だったからな。しかも、家に帰れなくなっちまったし」


 雑な冗談めかしているが、言葉の端々に、隠しきれない郷愁が滲んでいる。

 この人は、どれだけ最強になろうとも、ずっと遠い空の下を想い続けているのだ。


 先輩は口の周りについた肉の脂を指で拭い、ふっと視線を落とす。


「沙織と翔太に、会いてぇなぁ」


 その一言で、部屋の空気が薄くなる。

 先輩は唇を噛み、顎の筋肉を固めた。王としてじゃない。父親が、泣くのを堪えてる顔だった。


「地球にいたころ、ダンジョンの奥は異世界に通じてるって都市伝説があったろ。だから俺は、ひたすら探索を続けたんだ。そしたら天鋼級(アダマンタイト)探索者になってたわけだ」


「にしても、三年で天鋼級(アダマンタイト)って異常な速度ですよね? っていうか、先輩がこっちの世界にきてから三年であってますか? 地球と時間軸がズレてるとかないですよね?」


「あー……細かいことは覚えてねぇな。ダンジョンに潜ってたら朝か夜かもわからなくなるし。ま、体感的にはそんなズレてねぇと思うぞ。多分」


 先輩は首を傾げながら、あっけらかんと言った。

 重要なところなのに、この大雑把さ。本当に大丈夫か。


「で、探索者としての等級が上がるにつれて、色々わかってきた。 実際、次元を超える力は得られた。でも──座標がわからねぇ。元の地球の位置がな」


 先輩は指で空中をなぞった。広すぎる地図を、雑に撫でるみたいに。


「同じ宇宙にあるのかどうかすら分かってねぇんだ。全宇宙を把握することは、今のレベルだと無理だ。だから今も探索を続けて、レベルを上げ続けてるんだよ」


 俺の背中に汗がじわりと滲む。重い話のくせに、先輩はいつも通り淡々と言う。淡々と言えるくらい、繰り返し噛んで飲み込んできたんだろう。

 だからこそ、俺は言葉を差し込んだ。

 

「もしかしたら、これが使えるかもしれません」

「ん?」


 俺はインベントリを開く。取り出したのは、分厚い装丁の魔導書だ。

 ずっしりと重く、表紙には読めない文字でタイトルらしきものが刻まれている。表面には、虫の羽脈みたいな筋が走っていて、触れているだけで皮膚の内側がむず痒い。


「ワームからドロップした【境界喰らいの歴史(ワームログ)】ってアイテムです。これには、あいつが次元を超えて移動してきた軌跡が記録されています。だから、これを解析すれば――地球の座標も、載っているはずです。今の俺じゃ、次元がどうこうって理解できないんですが、天鋼級(アダマンタイト)の先輩なら使えると思います」


 先輩の眉が、ぐっと上がった。


「そうなのか!?」


 声が裏返る。

 先輩の掌が、慌てて口元を覆った。王としての威厳を取り繕おうとしたのか、それとも嗚咽を噛み殺そうとしたのか。

 けれど、指の隙間から零れ落ちた雫が、テーブルクロスに濃い染みを作った。


「……ありがとう」


 絞り出すような声だった。

 分厚い胸板が、呼吸のたびに大きく波打つ。

 最強の探索者であり、一国の王である男が、今はただの、迷子の父親に戻っていた。


 俺は視線を逸らすことができなかった。

 その涙の向こうに、別の光景が見えたからだ。

 夕暮れの食卓。冷めた味噌汁。玄関のドアノブに手をかけ、開かない扉をじっと見つめる小さな背中。

 翔太くんと沙織さんが過ごした、終わりのない「不在」の時間。

 それが今、先輩の涙で埋められていくような気がした。


「すまん。情けないところを見せて」

「情けなくなんか、ないです」


 言った瞬間、鼻の奥がツンと痛み、視界が滲んだ。

 俺は慌てて天井を仰ぎ、大きく息を吸い込む。肺の奥に冷たい空気を満たして、無理やり感情を押し込めた。


 空気を読んだのか、ナビ子の透明な気配が、いつもより静かに寄り添っている。


『マスター、当該アイテムは「記録媒体」です。譲渡による消失はありませんので、ご安心を。既に内容は私が記録してありますし』


「……なぁ。これ、使っても……なくなったり、しないよな?」


 身長190センチを超える巨体が、驚くほど小さく縮こまっていた。

 ドラゴンすら撲殺する丸太のような腕が、壊れ物を扱うようにワームログの端を摘んでいる。

 俺ではなく、ワームログの顔色を窺うように、上目遣いで恐る恐る尋ねる姿があまりにおかしくて、俺は思わず吹き出した。


「ふっ……大丈夫ですから、安心してください」


 ワームログを両手で持ち直す。俺はそれを、先輩の前へ差し出した。

 距離は一歩分。先輩の指が伸びる。太い指先が板の縁に触れ、ゆっくり持ち上げた。

 渡した瞬間、掌の中の冷たさが消えて、逆に指が空虚に軽くなる。


「……すぐに帰ってあげてください」


 先輩は顔を上げ、俺をまっすぐ見た。

 その瞳には、再会した時のような陽気さはなく、王としての──いや、戦士としての鋭い光が宿っていた。


「そうしたいのは、やまやまなんだがな……まだ、帰れねぇ」

「……え?」

「ちょっと、精算しなきゃなんねぇ『借り』があるんだよ」


 先輩は、自嘲するように口の端を吊り上げた。

 ついさっきまで家族を想って涙していた男の顔ではない。かといって、王としての威厳に満ちた顔でもなかった。

 それは、どうしようもない泥沼に足を取られた男が浮かべる、諦めと執着が混ざり合った複雑な笑みだった。


ストック?そんなものは知らんな。

とりあえず、書いて出す。それだけだ。


☆☆☆☆☆評価で背中を押してください。次話の燃料になります。


感想は短くても大歓迎です。『好き』の一言でも、次を書く材料になります。

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