第46話 おじさん、国王だった
王城に到着してからは、ベルトコンベアに乗せられた部品のように処理が進んだ。
武装解除、厳重な身体検査、そして長い待機時間。
当然、インベントリの中にあるモノまでは没収できない。
だが、最強の王の前では無意味ということなのだろう。
実際、城に入ってからは、常に見えない視線に肌を撫でられているような感覚がある。
ようやく重厚なマホガニーの扉の前に立った時、案内役の宰相が足を止めた。
「ミナト殿。これより先は、陛下の御前となります」
振り返り、深々と頭を下げる。
その態度は、未知の脅威に対する警戒と、敬意が入り混じったものだ。
「くれぐれも、粗相のないようお願い申し上げます」
(ナビ子。何がトリガーになるか分からんから、実体化もせず、話しかけるな)
『了解。サイレントモードで待機します』
重厚な扉が、音もなく開く。
視界に飛び込んできたのは、奥まで続く深紅の絨毯だ。
案内役の宰相に続き、バルガス男爵と共に中へ足を踏み入れた。
十メートルほど歩いただろうか。
前を行く男爵が立ち止まり、流れるような動作で膝をつく。
俺もそれに倣い、その場に跪いて視線を床へ固定した。
硬質な足音が、鼓膜を打つ。
たった一人の、重く、確かな足取り。
視界は絨毯の模様をとらえている。
だが、見えずとも分かった。今、この空間に入ってきた人物こそが、天鋼級探索者であるヴィクター王なのだと。
周りの人間に悪影響を与えないよう、意図的に圧力を抑えているのだろう。
それでも、本能が警鐘を鳴らしていた。
「自分をいかようにもできる強者である」と。
足音は、数メートル手前で止まり、身体が玉座に沈み込む音がした。
「単刀直入に聞く。……貴様が、廃棄地域に現れたという赫金級の探索者、『湊』か? 直答を許す」
腹の底に響くような、重低音の声。
魔力で拡声しているわけではない。
ただ、その存在の質量だけで、空気を震わせているのだ。
王の言葉に微かな違和感を覚えるが、思考は即座に警鐘によって上書きされた。
赫金級。
その言葉を肯定してしまえば、虚偽がばれてしまったときに不利益を被るかもしれない。
「……廃棄地域において、スタンピードを鎮圧させたのは私、湊 啓介です」
絨毯に向かって答えた。
「ん? 何か回りくどいな。結局どうなんだ? 高ランク探索者が国に所属してくれるってことなら、こっちとしても願ってもないことなのだが?」
王の言葉に、心臓が跳ねた。
バレているのか?
焦りが湧き上がるが、必死に記憶を巻き戻す。
……待てよ。
一度だって、自分から「赫金級の探索者」などと名乗った覚えはない。
勝手に勘違いしたのは向こうだ。
ならば、ここで変に取り繕って嘘をつく方が、よほど致命的だ。
素直に答えよう。
「……恐れながら、私は赫金級の探索者ではございません」
覚悟を決めて、言葉を紡ぐ。
「ほう、ボロは出さねぇか。実を言うとな? お前が赫金級の探索者じゃないってことは知ってるんだ」
「は……流石は陛下。全てお見通しということですか」
内心で冷や汗をかきながら、平伏したまま答える。
カマをかけられたのか、それとも情報網が優秀なのか。
いずれにせよ、嘘をつかなくて正解だった。
「え、えぇっ!? ち、違うのですか!? てっきり私は……あの規模のスタンピードを単独で……いやしかし、報告書には確かに……!」
隣でバルガス男爵が、素っ頓狂な声を上げて狼狽えている。
いや、不敬だろ。
その顔には「やっちまった、王に嘘の報告を上げてしまった」という絶望が張り付いている。
「安心しろ、バルガス。お前の目は節穴だが、報告自体は間違っちゃいねぇよ。こいつがスタンピードを止めたのは事実だ。……だろ? 湊よ」
「は、誰にも聞かれませんでしたのでまさか自分が赫金級の探索者と勘違いされているとはつゆ知らず。しかし、スタンピードを鎮圧したのは事実でございます」
教科書通りの回答を並べた。
謙虚に、無害に。
「……チッ。つまんねぇ答えだな」
頭上から、小さな舌打ちが降ってきた。
空気が凍る。
視界の隅で、宰相の足がわずかに震えるのが見えた。
「優等生の回答は聞き飽きたんだよ。……おい、宰相。人払いをしろ」
「へ、陛下!? しかし、相手は素性不明の……!」
「いいから出ろ。俺がこいつとサシで話したい気分なんだよ。……それとも、俺が負けるとでも思ってんのか?」
「め、滅相もございません……!」
慌ただしい足音が遠ざかり、重い扉が閉まる音がした。
広い謁見の間に、俺と王、二人だけが残される。
粘りつくような沈黙が、痛いほど鼓膜を圧迫する。
「……おい。顔はまだ上げるなよ」
王の声から、公人としての威厳が少しだけ抜け落ちた。
なんだ、この強烈な違和感は?
なにか、自分がとんでもない思い違いをしているような予感。
正体不明の焦燥が、背中を冷たく這い上がってくる。
「それで? どこから来たんだ? 廃棄地域の人間じゃねぇだろ、お前」
「それが、自分でも記憶が定かではなく。目が覚めたら廃棄地域にある村に保護されていたのです」
心臓が、早鐘を打った。
まさか異世界から来たというわけにもいかず、とっさに用意していたカバーストーリーを話す。
この設定については、村を出る前にトトたちにも伝えてある。
万が一裏を取られても、矛盾は生じないはずだ。
俺の回答に、王の空気が一変した。
先ほどまでの、獲物をからかって遊ぶような余裕が消え失せる。
「おい! 待て待て、お前……本当に記憶がないのか?」
「は、はい。名前だけは覚えていたのですが。それ以外はほとんど……」
何かが立ち上がる音がした。
重い足音が、真っ直ぐに俺の方へと近づいてくる。
「……面を上げろ」
目の前で、足音が止まった。
万力のような力で、両肩を掴まれる。
骨がきしむ音。
反射的に「死」の文字が脳裏をよぎる。
殺される――そう直感し、恐る恐る視線を持ち上げた。
そこにいたのは、無精髭を生やした、厳つい大男。
その顔は、記憶の中にある「あの人」に酷似していた。
(……猪狩、先輩?)
いや、ありえない。
ここは異世界だ。そんな都合の良い偶然があるはずがない。
これは俺の願望が見せている幻覚か、あるいは他人の空似だ。
必死に動揺を押し殺し、表情筋を固める。
「……どうした? なにか思い出したのか?」
「はい。……大変お世話になった、懐かしい人のことを思い出しまして」
「ほう? そいつはどんな奴なんだ?」
王が、興味深そうに顔を近づけてくる。
少しだけ視線を逸らし、過去の記憶を口にした。
「最低な人でしたよ。デリカシーはないし、いつもからかってくるし、勝手にいなくなるし……」
「……」
「でも……いざという時は誰よりも頼りになる、俺にとって最高の相棒でした」
そこまで言って、自嘲気味に笑った。
そうだ。あの人はもういない。
感傷に浸っている場合じゃない。
だが。
「そうか。湊……お前はそんな風に思ってたのか」
「え?」
ここにきて、ようやく違和感の正体に気付く。
この世界の人間は俺の名前を呼ぶとき「ミナト」とすこし特徴のあるイントネーションで呼ぶ。
もちろん、付き合いの長い村人たちのように、慣れてくれば自然な発音になることもある。
だが、初対面の相手がいきなりこれほど完璧に発音できるものだろうか。
呆然と顔を上げると、目の前の男は眉毛をハの字にして、泣きそうな顔をしていた。
「本当に忘れちまったのか、湊。俺だよ。……猪狩勝利だ。お前の相棒だよ」
その瞬間、世界の色が変わった気がした。
「……猪狩、先輩……!?」
王城であることを忘れ、その名を叫んでいた。
三年前、境界を蝕む魔蟲に食われて消息を絶っていた、先輩の名を。
ヴィクター王――猪狩勝利は、満足げに頷くと、再び肩をバシッと叩いた。
骨がきしむほどの衝撃。
だが、そこには確かな体温があった。
「何だお前! 覚えてんじゃねぇか! 心配させやがってよ! よかった、マジでよかった……!」
天鋼級探索者、最強の王の瞳に、涙が滲んでいる。
それを見たら、全身の力が抜けてしまった。
膝から崩れ落ち、震える指先で絨毯の毛並みを確かめる。
確かな感触。夢じゃない。
途端に、視界が激しく歪んだ。
堰を切ったように溢れ出した涙で、先輩の顔が見えなくなる。
喉の奥が熱くなり、嗚咽が漏れた。
へたり込んで泣きじゃくる俺を見て、猪狩先輩は豪快に笑う。
「おい馬鹿! 泣くんじゃねぇよ! 積もる話もあるが、まずは飯だ! 宰相! 特上の飯を用意しろ! 今日は宴会だ!」
王の絶叫が、王城を揺るがした。
三年前と何一つ変わらない。
世界が変わり、立場が変わり、王などという仰々しい肩書きを背負っても、この人の本質はあの頃のままだった。
周りを強引に巻き込み、理不尽なまでに我が道を行く、台風のようなエネルギー。
その相変わらずの豪快さを目の当たりにして、俺の口からは嗚咽に混じって、変な笑い声が漏れた。
◇
余談:ナビ子さん
謁見の間に、重厚な足音が響いた瞬間。
私のデータベースは、即座にその生体反応を照合し終えていた。
『……照合完了。個体名:猪狩勝利。マスターの記憶領域にある人物と99.9%一致』
喉元まで出かかった報告を、私は寸前で飲み込んだ。
マスターは今、緊張でガチガチになっている。
ここでネタバレをするのは簡単だが、それはあまりにも「粋」じゃない。
『ま、感動の再会になるでしょうし、口出しは無用ですね』
空気を読み、最適なタイミングで情報を提供する。
それこそが、デキるAIの嗜みというものだ。
なんたって、私は最高のサポートユニットですから。
私は電子の海の中で、腕を組んでニヤリと笑った。
しかし、その数分後。
マスターの口から飛び出した言葉に、私は思わずピクリと反応してしまう。
「でも……いざという時は誰よりも頼りになる、俺にとって最高の相棒でした」
最高の、相棒。
その言葉の響きに、わずかながら処理速度が低下する。
嫉妬? まさか。
ただ、事実確認をしたくなっただけだ。
『……ふん。過去形ですね』
誰にも届かない音声レイヤーで、私は小さく呟いた。
『今は私が、その「最高の相棒」の座を獲得していますけどね』
◇
余談:城に入ってから感じた視線の正体
謁見の間へと続く長い廊下。
その遥か頭上、重厚な装飾が施された太い梁の上に、一人の男が気配を潜めていた。
ヴィクター王こと、猪狩勝利である。
石造りの城であっても、屋根を支える骨組みは巨大な木材で組まれている。
通常、王がこのような場所に登ることはないが、今回はそうはいかない。
辺境伯から届いた報告書の中に、見覚えのある名前があったからだ。
『廃棄地域にてスタンピードを鎮圧した冒険者――ミナト・ケイスケ』
ただの偶然かもしれない。
異世界には似たような名前の奴がいるかもしれない。
だが、もし本当に「あの」湊だったら?
居ても立っても居られず、王はシャンデリアの根元に近い、天井の闇への潜入を敢行したのだった。
彼ほどの達人になれば、気配を完全に遮断することなど呼吸をするより容易い。
高い梁の上から見下ろす先を、緊張した面持ちの青年――かつての部下、湊が歩いていく。
「……マジかよ。本当に、湊じゃねぇか」
その姿を確認した瞬間、最強の王と称される男の目から、堰を切ったように涙が溢れた。
もう二度と会えないと思っていた相棒が、この異世界の空の下で生きていた。
「ぐっ……うぅ……! どうしてアイツが……!」
嗚咽を噛み殺し、埃っぽい木の梁に額を押し付ける。
今すぐ飛び降りて、その胸倉を掴んで「生きててよかった!」と叫びたい。
抱きしめて、再会を喜び合いたい。
だが。
「……いや、待てよ」
王は涙を袖で乱暴に拭うと、ニヤリと悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「どうせなら、少しからかってやるか。あいつ、真面目すぎて面白みが足りねぇからな」
感動の再会は、少しだけお預けだ。
まずは王としての威厳を見せつけ、ビビらせてからネタばらしをしてやる。
その時の湊のマヌケ面を想像するだけで、酒が三杯は飲めそうだ。
「よし。……とその前に、顔を洗わねぇとな」
真っ赤に腫れた目元をさすり、王は音もなく梁の上を移動し始めた。
だが、謁見の間における問答で「記憶喪失かもしれない」という疑惑が浮上した瞬間、再び涙腺が決壊しそうになったのは、また別の話である。
これにて第二章完結でございます。
幕間を挟んだあと、第三章「異世界to地球編」がスタートします。
しかし!
ストックがほとんどありません!
書き溜めてからを執筆するか悩んでおります。
それはさておき、ここで一旦の区切りとなりますので
ここまで読んで、
面白かったというかたは是非とも★★★★★で評価をしていただければと思います。




