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完全手動(フルマニュアル)おじさん、ダンジョンの意思?に人間卒業させられました。  作者: 別所 セラ
異世界 編

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第45話 おじさん、呼び出される。

 バルガス男爵との会談を終え、村に戻ってから数日が過ぎた。

 頬を撫でる風に、剃刀のような鋭さが混じり始めている。

 ホルム村を吹き抜ける大気は、冬の足音を含んだ乾いた匂いを運んできていた。

 北の山脈から滑り落ちてきた寒気が、日差しの温もりを剥ぎ取り、皮膚を冷たく引き締める。


 視線を巡らせれば、整然と区画された畑が広がっている。

 荒れ地だった場所は、村人たちの手によって幾何学的な(うね)へと姿を変え、次の季節を静かに待っていた。


 今日はダンジョン探索の定休日だ。

 探索組も全員村に残っているため、いつも以上に活気が溢れている。


 その中心、村人たちが手作業で整備した広場で、二つの巨大な影が躍った。

 銀二と蘭丸――二体の守護獣だ。

 ポポをはじめとする子どもたちの襲撃を受けている最中らしい。


「わー! 蘭丸、もっと高くー!」

「ずるいぞポポ! 次は俺の番だ!」

「きゃはは、銀二のお腹あったかーい!」


 尻尾にぶら下がる者、背中によじ登る者、もふもふの毛並みに顔を埋める者。

 巨体は彼らを振り落とさないよう、慎重に、そして優しく受け止めている。


 その愛らしい光景からは想像もつかないが、彼らは村の防衛戦力としても優秀過ぎる働きを見せていた。

 時には大人組の容赦ない斬撃を紙一重で躱して指導し、時には連携攻撃の起点となる。

 命の危険がない、強者との戦闘経験は村人たちを大きく成長させた。特に、トトとガルの成長は著しく、この短期間で白銀級(シルバー)の壁を突破してしまったほどだ。

 かつて絶望の象徴として恐れられた黒銀と藍黒の巨狼は、今や村のアイドルであり、最強の教官として機能している。


「ふぅ……。ようやく、片付いたか」


 手元のリストを確認し、復興作業の手を止める。

 額に滲んだ汗を、手の甲で拭った。

 この村に来た当初、山積みだった課題――食料、水、衛生環境、防衛、燃料、医薬品。

 それらは概ね、解決の目処が立っている。


 唯一の懸念だった「物理的な人数不足」についても、先日の会談で光明が見えた。

 バルガス男爵によると、徴発されていた村の男性陣は全員生存しており、近日中に解放されて帰還する手筈となっている。


 帰ってくることを伝えた時の光景は、網膜に焼き付いて離れない。

 普段は若手リーダーとして気丈に振る舞い、「師匠!」と俺に付き纏うトトが、その時ばかりは膝から崩れ落ち、泥だらけになって号泣した。

 彼が背負っていた重圧が、どれほどのものだったか。

 ただの10代の子供に戻って感情を爆発させる姿に、目頭が熱くなるのを堪えるのに必死だった記憶がある。


 彼らが戻れば、労働力不足も多少は解消されるだろう。


 防衛戦力の質についても、十分すぎる目算がある。

 現在、探索組は16名。

 蘭丸や銀二との訓練の成果もあり、ひと月もすれば全員が白銀級(シルバー)の腕前に達するはずだ。

 それに、彼らには自律進化(スタンドアロン)の子機化もあって、ダンジョン外での能力減衰率が低い。

 ダメ押しとして、銀二と蘭丸という規格外の戦力もいる。

 この二体はダンジョン外でも能力が一切減衰しない、黄金級(ゴールド)上位の個体だ。

 外の世界で100%の力を発揮できる彼らは、減衰ありきの一般的な探索者基準で換算すれば、秘銀級(ミスリル)相当の化け物が二体常駐しているに等しい。

 これなら、俺が居なくてもシステムは自律稼働するだろう。

 ようやく、本格的なレベル上げにはいれそうだ。


 ――そう、思考のスイッチを切ろうとした矢先のことだった。


「…………ミ……さ……ま…………ッ!!」


 風に乗って、微かな音が鼓膜を震わせた。

 普通の人間なら気付かない、虫の羽音レベルのノイズ。

 だが、強化された聴覚は、それが地平線の彼方から届いた「絶叫」であることを即座に断定した。


 反射的に、音源の方角へ顔を向ける。

 地平線の彼方から、土煙が猛スピードで接近してくるのが見えた。

 その中心にあるのは、一台の自動車のようなものと、それを囲む数騎の護衛騎士。

 強化された視力が、窓から身を乗り出している人物の正体を特定する。

 顔面を蒼白にし、何かを喚きながら手を振っているのは――バルガス男爵だ。


「……なんだアイツ」


 脳内の危機管理センサーが、全力で「回避」を推奨してくる。

 背筋を、冷たいものが走り抜けた。


 呆気にとられている間にも、土煙はぐんぐんと距離を詰め、やがて村の入り口付近まで到達した。

 馬が引いていない馬車は、ドリフトする勢いで目の前に滑り込み、急停車を見せる。

 扉が開き、転がり落ちるように男爵が飛び出してきた。


「た、大変です! へ、陛下より勅命が! 貴方様に謁見を求めておられます!」

「は? 陛下って……国王?」

「左様です! 『今すぐ王都へ来い。さもなくば俺が直接出向いてやろう』との仰せでして……!」

「いや、それは分かったのですが、どうしてそんなに焦っておられるので?」

「陛下は人類最強と謳われる、天鋼級(アダマンタイト)探索者なのです! あの方が動けば、私の領地がどうなることやら! どうか、どうかご慈悲を! 私と共に、王都へご同行願えないでしょうか!」


 男爵が足元にすがりつき、なりふり構わず泣き叫ぶ。

 それにしても、天鋼級(アダマンタイト)探索者か。

 今の俺のステータスじゃ、まともにやり合えば勝ち目はない。

 仮に俺が生き残れても、戦闘の余波でこの村は更地になるだろう。


(ナビ子。……罠の可能性は?)


『不明です。天鋼級(アダマンタイト)クラスの個体周辺を深層スキャンする場合、探知された瞬間に「敵対行動」とみなされるリスクが高いため、監視対象から除外しておりました。……リスクを許容し、スキャンを実行しますか?』


(……いや、やめておこう。藪をつついて蛇を出す必要はない)


『賢明な判断です。可能な範囲でヴィクター王の評判を検索しましたが、豪放磊落を地で行く人物とのこと。小細工をして罠に嵌めるような真似をする可能性は低いと推測されます』


(それに、天鋼級(アダマンタイト)探索者ならわざわざ罠にはめるようなマネはしなくても、俺ごとき普通にひねり潰せるだろうしな)


 胃の腑に、冷たい鉛が沈み込んだような重圧。

 だが、脳内の損益計算は別の解を弾き出した。

 国王に直接会って、廃棄地域の所有権を認めさせれば、法的根拠が得られる。

 正式な「領主」になれば、村の奴らも安心するだろう。


「……分かりました。直ぐに行きましょう」

「あ、ありがとうございますぅぅ……!」


 こうして俺は、半ば誘拐されるようにして王都行きの馬車に押し込められた。


                ◇


 最寄りの転移門(ゲート)があるアルブレヒト辺境伯領の防衛都市を目指し、バルガス男爵が乗っていた魔道馬車で、荒野を爆走していた。

 「馬車」という名がついているが、実際に馬はいない。

 魔石を動力源として自律駆動する、この世界における「高級自動車」のような乗り物だ。

 本来なら王都まで馬車で数日の道のりだが、ゲートを使えば一瞬だ。

 陛下からの呼び出しがあまりに急だったため、特別に転移門(ゲート)の使用許可が降りたらしい。


 振動を風魔法で殺した快適な車内で、男爵が口を開いた。


「いいですか、湊様。陛下は形式を嫌うお方ですが、最低限の儀礼は必要です」


 向かいに座るバルガス男爵は、祈るように両手を組んでいた。

 空調の効いた魔導馬車だというのに、彼の襟元は脂汗で黒く変色している。

 視界に入るその顔は、これから「化け物」の巣窟へ連行される生贄のように痙攣を繰り返していた。


「謁見の間に入ったら、まずは膝をつき、視線を床へ固定してください。許可があるまで顔を上げてはいけません。発言権が与えられるのは、問われた時だけです」

「了解です。……そんなに怖い王様なんですか?」

「私もそれほど面識が多いわけではないのですが、陛下は天鋼級(アダマンタイト)の実力をお持ちの方です。私のような一般人からしてみると、そりゃあもう……恐れ多いですよ」


 男爵は視線を虚空へ彷徨わせ、震える声を絞り出した。

 異世界であっても、天鋼級(アダマンタイト)探索者が人外のような扱いをされるのは変わらないらしい。


「陛下は徹底した実力主義者です。虚飾や世辞を嫌い、何よりも『芯の通った人間』を好まれます。ですから、あまり萎縮しすぎる必要はありません。大事なのは細かい作法よりも、腹の底にある敬意……気合いのようなものです」

「気合い、ですか」


 なんだその脳筋理論は。

 脳筋王のエピソードに呆れつつも、口は噤んだ。

 俺はため息を殺し、窓の外へ視線を逃がす。


                ◇


 数刻後。

 魔導馬車は、国境の要衝であるアルブレヒト領の防衛都市に到着した。

 巨大な城壁に囲まれたその都市の空には、数騎のワイバーン騎兵が旋回し、物々しい警戒態勢が敷かれている。


 我々は都市の中枢、軍事用ゲートが設置されている要塞区画へと通された。

 そこで待っていたのは、一人の初老の騎士だった。


「――遅いぞ、バルガス」


 低い、だがよく通る声が、鼓膜を揺らす。

 総白髪をオールバックにし、口髭を蓄えたその男は、軍服を着崩すことなく直立していた。

 左頬には古傷が走り、眼光は猛禽類のように鋭い。


「も、申し訳ございません! アルブレヒト閣下! 手配に手間取りまして……!」

「言い訳はいい。陛下をお待たせしているのだぞ」


 ゲオルグ・フォン・アルブレヒト辺境伯。

 バルガス男爵の寄親であり、この国境地帯を守護する最高責任者らしい。

 男爵がヒキガエルのように縮こまるのに対し、辺境伯の視線は俺の方へと向けられた。


「……貴公が、噂のミナト殿か」


 値踏みするような視線が、俺の全身を舐める。

 だが、そこには侮蔑や嫌悪といった感情はない。

 あるのは純粋な「測定」の意志だ。

 俺の立ち姿、重心の位置、そして魔力反応の有無を確認しているのだろう。


「お初にお目にかかります。湊です」

「……ふむ」


 辺境伯は俺の目を数秒間見つめた後、小さく頷いた。


「……なるほど。バルガスには荷が重すぎるわけだ」

「は、はぁ……?」

「バルガス、行け。ゲートの座標は王都に合わせてある」

「は!はい!」


 辺境伯はそれ以上何も語らず、バルガスに指示をだす。


(……強いな、この爺さん)


 システムで確認するまでもない。

 立ち姿の隙の無さ、肌を刺すようなプレッシャーが、彼も白金級(プラチナ)の実力者であることを物語っている。


 頂点に君臨する国王が天鋼級(アダマンタイト)

 その部下である辺境伯が白金級(プラチナ)

 ……おい、バルガス。お前、よくこの怪獣組織の中で領主やってこれたな。

 間に挟まるお前の「一般人感」が、逆に浮いて見えるぞ。


 そんな内心をおくびにも出さず、辺境伯に軽く会釈をし、バルガス男爵と共にゲートへと足を踏み入れた。

 視界を埋め尽くす光の粒子が晴れると、そこはドーム状の巨大な石造りの広間だった。

 無数の柱が並ぶ神殿のような空間には、武装した近衛兵たちが鋭い視線を巡らせている。


「ようこそ、王都ヴィクトリアへ。通行許可証の確認を」


 厳重なセキュリティチェックを抜け、重い扉をくぐり抜ける。

 外の空気を確認する間もなく、俺は石造りの街並み……聖王国ヴィクトリアの王都へと足を踏み入れていた。


 まず目を奪ったのは、正面の丘の上に鎮座する、威圧的なまでに巨大な王城だ。

 そこから視線を下ろせば、石造りの重厚な建物が並ぶ街並みが広がっている。

 流石にアスファルトや信号機があるわけではないが、バルガス男爵領や先ほどの辺境伯領よりも馴染み深い雰囲気を感じた。


 軒先には、どこか日本の「のれん」や「赤提灯」を模したような布が揺れ、香ばしい匂いが漂っている。

 道行く人々は皆、風呂上がりのように血色が良く、その顔には悲壮感がない。


「……なんか、良い雰囲気だな」


「ええ。皆、安心して暮らしていますから」


 俺の呟きに、隣のバルガス男爵が誇らしげに答えた。


「この国は、天鋼級(アダマンタイト)探索者であるヴィクター王の庇護下にあります。その絶対的な安心感こそが、民に心の余裕を与えているのです」

「凄い王様なんだな」

「ええ、本当に。数年前までは、この国も政治的に不安定で、内乱やクーデターが絶えなかったと聞きます。ですが、ヴィクター王が即位されてからは、それら全てが『圧倒的な武力』の前に沈黙しました。力による平和……本来なら暴君のやり方ですが、あの方の場合は不思議と民に愛されているのです」


『確かに、民衆の幸福度数値が、周辺諸国と比べて高いです』


 ナビ子の分析も、男爵の言葉を裏付けている。

 道行く人々は皆、風呂上がりのように血色が良く、その顔には悲壮感がない。


 最強の庇護下にある安心感。

 それが、この過酷な世界において何物にも代えがたいインフラになっているらしい。


「なるほどな」


 これから俺は、そんな「最強の王」に謁見するわけだ。

明日、二章完結です。


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― 新着の感想 ―
ここまで匂わせたなら綺麗にVictoryな展開を期待します。
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