表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完全手動(フルマニュアル)おじさん、ダンジョンの意思?に人間卒業させられました。  作者: 別所 セラ
異世界 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/60

第44話 おじさん、領主になる

「よ、ようこそおいでくださいました……!」


 屋敷の扉はすでに大きく開け放たれており、その前には燕尾服を着た執事たちがズラリと整列している。

 全員、顔面蒼白で直角に腰を折ったまま、微動だにしない。

 地面に落ちる汗の音さえ聞こえてきそうな沈黙。

 一体いつから、彼らはこうして頭を下げ続けていたのだろうか。


「お、お待ちしておりました! ささ、こちらへ!」


 先頭にいた老執事が、震える手で屋敷の中へと案内する。

 通されたのは、屋敷の中で最も豪華と思われる応接室だった。


 磨き上げられた大理石の床。壁一面に飾られた絵画。

 ふかふかのソファには、最高級の茶葉で淹れられた紅茶が湯気を立てている。

 そして、その向かいに座る中年男性――バルガス男爵は、脂汗を滝のように流しながら、引きつった笑みを浮かべていた。


「こ、この度は、部下が大変失礼をいたしました……! 彼らには厳罰を与えますので、どうかご慈悲を……」

「いえ、別に怒ってはいませんよ。ただ、話がしたかっただけなので」


 俺はカップを手に取り、香りを楽しむフリをしながら男爵を観察する。

 小太りで、気弱そうな男だ。

 典型的な「悪徳貴族」を想像していたが、どうも様子が違う。


 部屋の調度品は確かに良いものだが、どこか古びており、手入れはされているが新調はされていない。

 カーテンの端は少し擦り切れ、絨毯も踏み跡で色が薄くなっている。

 壁の絵画も、よく見れば額縁の金箔が剥がれかけていた。

 つまり――金がない。


「あの、恐れ入りますが……貴方様のお名前を、伺ってもよろしいでしょうか? これほどの御仁を知らぬままというのは、あまりに不敬かと存じますので……」

「ああ、申し遅れました。私の名前は、ミナト。……『湊 啓介』といいます」

「ミナト……様、でございますか」


 男爵は恐縮した様子で、何度も頷いている。

 俺はカップをソーサーに戻し、カチャリという硬質な音を響かせた。

 男爵の肩がビクリと跳ねる。


「単刀直入に聞きます。なぜ、あんな無茶な徴税を?」

「そ、それは……」


 男爵はハンカチで額を拭い、ポツリポツリと語り始めた。


 彼はここ数年、廃棄地域からの徴税を行っていなかったらしい。

 「どうせ払えないだろう」という黙認。実質的な免税だ。

 今回、徴税官を派遣したのは、最近になって廃棄地域のモンスターが減り、逆に活気が戻ってきたという報告を受けたからだという。

 「金があるなら、少しは払ってもらわないと困るのです」

 それが本音だった。


「徴発した領民を洗脳し、操り人形にしてダンジョンへ送っている件については? あれは流石に、領主の権限を逸脱しているのでは?」

「……すべては、彼らを死なせないためです」


 男爵は、急に真剣な目で俺を見た。

 怯えの色が消え、そこには領主としての苦渋が滲んでいる。


「素人に自由意志を持たせれば、恐怖で足がすくみ、パニックを起こして全滅する。それが廃棄地域の現実です。……ですが、『思考制御』で恐怖を遮断し、行動を最適化してからは、生存率が劇的に向上しました」

「……つまり、死ぬよりマシだと?」

「ええ。人道に反しようとも、生きてさえいれば未来はある。私はそう信じています」

「未来、ですか」


 俺は窓の外に広がる、整備された街並みを見た。

 石畳の道路、整然と並ぶ家々、そして行き交う人々の笑顔。

 そこには確かに「未来」がある。

 だが、その安寧は、切り捨てられた者たちの犠牲の上に成り立っているのだ。


「廃棄地域に残っているのは、貴方が見捨てた子供と老人だけだ。あそこに、未来なんてありませんでしたよ」


「それは……おっしゃる通りです。しかし、我が男爵領にも余裕があるわけではないのです」


 男爵は悔しそうに拳を握りしめた。

 爪が掌に食い込むほど強く。


「子供だけならまだしも、知恵のある大人が入ればどうなるか……。徒党を組み、犯罪組織を作り、治安を脅かす火種になりかねない。……領民全体の共倒れを防ぐため、私は彼らを切り捨てるしかなかった。領主として、情に流されるわけにはいかなかったのです」


 男爵が息を呑む。

 図星なのだろう。


 歪んでいる。

 だが、彼なりの理屈は通っていた。

 自分の手の届く範囲だけを、手段を選ばず守り切る。

 それは冷酷だが、ある種の誠実さでもあった。


「……なるほど。貴方の言い分は分かりました。ですが――」

「は、はい!?」

「それにしても、徴税に来た兵士たちは随分と横暴でしたよ? 話を聞かず、子供を鉱山に送ろうとしていましたが」

「なっ……!? そ、そのような指示は出しておりません! 本当に金があるなら徴税してこいとは言いましたが……子供を鉱山へ送るなど!」

「……では、あれは兵士の独断だと?」

「い、いえ……あるいは、方便だったのかもしれません」


 男爵は苦しげに顔を歪めた。


「子供だけを保護しようとすれば、残された大人たちの反発を招きます。……『徴発』という形をとらねば、連れ出すことすらできなかったのかもしれない……」


 男爵は青ざめて俺に平伏した。

 床に額をこすりつけるその姿に、貴族の矜持など欠片もない。

 あるのはただ、責任を取ろうとする一人の男の背中だけだ。


「も、申し訳ございません! 現場にそこまでの裁量権を与えたつもりはありませんでしたが……すべては、私の指導不足です。責任は取ります」


 保身に走らず、潔く頭を下げる姿。

 どうやら、根っからの悪党というわけでもないらしい。

 俺はため息を一つ吐き、少しだけ口調を戻した。


「……"今は"一旦理解しておきます。ですが、ホルム村の連中は、私の『資産』です。彼らを貴方の管理下に置くつもりはありません」


 俺がぴしゃりと言うと、男爵は考え込むように俯いた。

 そして、意を決したように顔を上げる。


「……では、こうしてはいかがでしょう」

「?」

「廃棄地域一帯を、貴方様の領土として譲渡いたします」


 俺は目を丸くした。


「は? そんなこと、勝手に決めていいんですか?」

「陛下への報告は必要ですが……恐らく、貴方様ほどの探索者が治めてくださるなら、否とは仰らないでしょう。我々としても、管理しきれない土地を手放せるのは助かります」


 男爵の目は本気だった。

 厄介払いをしたいという打算と、この男なら守れるかもしれないという期待。


「……分かりました。前向きに検討しましょう」

「ありがとうございます! では、すぐに手続きを進めさせていただきます! 善は急げと申しますし、陛下への書簡も今すぐ……!」


 男爵は弾かれたように立ち上がり、執事たちに矢継ぎ早に指示を出し始めた。

 どうやら、本当に厄介払いをしたかったらしい。

 俺が頷くと、男爵は安堵のため息を漏らし、椅子に深く沈み込んだ。


                ◇


 それから、数日後。

 聖王国ヴィクトリアの王都にて。


 豪奢な玉座の上で、一人の男が退屈そうに胡座をかいていた。

 身長190cmを超える巨躯。王冠とマントを身につけているが、その下は動きやすさを重視した特注の戦闘服だ。

 ヴィクター王。突如現れた天鋼級(アダマンタイト)探索者として、その圧倒的武力で内乱を鎮めた英雄。

 彼が王位に就いてからたった二年。周辺の小国たちは「あんな化け物に睨まれてはたまらない」と雪崩を打って臣従し、この国は瞬く間に大陸屈指の強国へと膨れ上がった。

 

短く刈り込んだ黒髪に、健康的に日焼けした肌。意思の強さを宿した黒い瞳は、今はただの退屈に濁っている。


「よし、今回の滞在もこれくらいでいいか? さっさとダンジョンに行きてぇんだ」

「陛下、辺境伯領より追加の報告が届いております」


 宰相が差し出した書簡を、ヴィクター王は面倒くさそうに受け取った。


「あぁ? こないだの『廃棄地域に高ランク探索者が出た』って話か?」

「はい。バルガス男爵からの正式な書簡が届いたとのこと。……例の正体不明の高ランク探索者とパイプができたため、廃棄地域の統治権を譲渡したいと。その許可を求めております」

「はぁ? 廃棄地域とはいえ、領地をやるだって? バルガスの狸も思い切ったことをするな」


 王はニヤリと笑い、書簡をパラパラとめくった。


「面白い。赫金級(オリハルコン)以上の実力者ねぇ。……そんな奴がいたら、俺が知らないわけがないんだがな。どこの田舎の詐欺師だ?」


 書簡をめくっていた王の目が、ある一点で止まる。

 最強の男の顔から、ヘラヘラとした笑みが消え失せる。

 漂う空気が、一瞬にして凍りついた。


 宰相は、己の心臓が止まるかと思った。

 王の機嫌を損ねた詐欺師への怒りが、臨界点を超えたのだと勘違いしたからだ。


 だが、違った。

 王は目を細め、遠い空を睨むように視線を彷徨わせた。


「面白ぇじゃねぇか」


 低く呟く声には、王としての威厳とは違う、個人的な感情――深い郷愁のような揺らぎが滲んでいた。


「よし! ダンジョン探索はやめだ! 今すぐそいつを呼べ!」


 王の絶叫が、王城を揺るがした。

バルガス、小物ではあるが、見どころがないわけじゃない(気がする)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この領主の理屈で言ったら自分の領地以外の全てを滅ぼす必要が出てこない?潜在的または将来的に敵になりうる存在を考えたら人間がいる限りキリがない。 弱肉強食の世界だから自分の管理外にいる人間は全員敵だから…
おいおじさん、大事なこと忘れてねぇか?徴発された村人取り返せよ。 領地になるなら領民は領主の財産だろ。
男爵マトモかどうかは別として為政者としては頑張ってる感じはしてたけど… 手の届く範囲だけでも守りたいって必死の人だったのか、 この男爵好きにはなれないけど嫌いにもなれないな… そして王様2年前王…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ