第43話 銀と藍の守護者
嵐が去った後のような静寂が、広場を満たす。
徴税官たちの馬蹄の音が遠ざかり、完全に聞こえなくなるまで、誰も口を開こうとはしなかった。
村人たちの顔には、安堵と、それ以上の異様な熱が張り付いている。
まるで教祖の説法を最前列で聞いた直後の信者のように、瞳孔が開いたまま、俺の一挙手一投足を見逃すまいとする強烈な視線。
……正直、居心地が悪い。
「……ふぅ。とりあえず、なんとかなったか」
俺は大きく息を吐き出し、強張らせていた肩の力を抜いた。
やはり権力を背負った人間と対峙するのは、精神衛生上よろしくない。
言葉の通じないモンスターの方が、よっぽどマシだ。
あいつらは殴ればいいんだから。
「湊様……! 本当に、なんとお礼を申し上げれば……」
「あー、別にいいよ。自分の『資産』を守っただけだからな」
涙ぐんで駆け寄ろうとするユルダ婆さんを、俺は手で制した。
感謝されるのは悪い気分ではないが、今はそれどころではない。
俺は視線を、遠く霞む男爵領の方角へと向けた。
北の山脈の麓という立地と、バグった視力のおかげで、本気を出せば、遠く離れた男爵領の砦も鮮明に見える。
「さて、勢いで『こっちから出向く』なんて言っちまったが……この村の防備、どうするかな」
今回は俺がいたから追い返せた。
だが、男爵との交渉が決裂した場合、あるいは留守中に別の勢力が現れた場合、この村はあまりにも脆い。
スタンピードの一件で村人のレベルは上がっているとはいえ、絶対数が足りないのだ。
不在時の悲劇を繰り返したくはない。
「いっそのこと、全員を引き連れていってやろうか」
なんて非効率な案が脳裏をよぎった時、視界の隅で光が躍った。
ふわりと舞い降りたのは、銀色のショートボブを揺らす少女のホログラム。
淡い金色の瞳には、いつもの演算コードではなく、純粋な喜びの色が灯っている。
陽光を透かす半透明の肢体は、この殺伐とした荒野には不釣り合いなほど麗しく、そしてどこか人間臭かった。
『マスター! 良い案があります!』
ナビ子が元気よく手を挙げた。
ポン、という軽快な効果音と共に、ウィンドウが開く。
『このブローチ――『双狼の円環』と、インベントリに眠っている守護者の核を使いましょう』
(守護者の核って……確か、ゴーレムを作れるエピック等級のアイテムだったか?)
『はい! 以前の解析で『双狼の円環』には『神速の理』と『双魂並列思考』というスキルが付与されていることが判明していましたが、……神話級にしては性能がパッとしなかったので更に解析をしてみたのです。その結果ーー』
ナビ子のホログラムが、いたずらっぽく笑う。
『この『双魂並列思考』、単なる並列処理プログラムではありませんでした。これには、本当に”二つの魂”が宿っていることが判明したのです!』
(魂?)
『ええ。王への尊敬と、友への追慕……。おかげで『魂』の構造定義について、理解が深まりました。ふふん、また一つ、優秀になってしまいましたよ♪』
彼女は興味深そうに呟き、すぐに表情を戻した。
『守護者の核と併用することで、魂を持ったゴーレム――つまり、自律成長する守護獣を作成可能です!』
なるほど。
防衛システムとしては悪くない。
俺はアイテムボックスから、例のブローチと、以前のダンジョン探索で手に入れた鋼鉄のような光沢を放つ球体を取り出した。
「やってみるか」
ナビ子の送り込んできたイメージに従って、守護者の核と双狼の円環を接触させ魔力を流し込んでいく。
ドロリ、と金属が融解するような感覚と共に、二つの物体は溶け合うように融合し、眩い光を放ち始めた。
カッ、と視界が白く染まる。
光が収束すると、そこには二体の獣が鎮座していた。
一体は、夜の闇を固めたような藍黒の毛並みを持つ狼。
もう一体は、月光を反射するような美しい黒銀色の毛並みを持つ狼。
どちらも、以前戦ったときよりは二回りほど小さくなっているが、放つプレッシャーは黄金級上位に匹敵する。
「コアは一個だったのに、二体に分かれたのか?」
『魂のリソースのみを抽出して実体化させましたからね。ちなみにブローチの機能――『神速の理』はそのまま残っていますので、ご安心を。彼らはこれからエネルギーを吸収することで、生前以上に強くなれますよ』
ナビ子が満足げに頷く。
『原生生物の魂由来なので、ダンジョン外での減衰もありません。これなら、マスターがいない間の村の防衛も安心ですね。……あら、どうやら新しい長に名前を付けてもらいたがっているようですよ』
二体の狼が、俺の足元に擦り寄ってきた。
尻尾をブンブンと振っている。
かつて命のやり取りをした相手とは思えない愛想の良さだ。
「名前かぁ……」
俺は腕を組み、少し考えてから口を開いた。
「よし。銀色の方が『銀二』。藍色の方が『蘭丸』だ」
『……マスターのネーミングセンスについてはノーコメントとしておきます』
(うるせぇ。お前の自称『ナビ子』よりはマシだろうが)
『ちょっと何言ってるか分かりません』
すっとぼけるAIを無視して、俺は二体の狼に向き直った。
彼らは新しい名を気に入ったのか、誇らしげに胸を張っている。
こうして、村に新たな守護者が加わった。
◇
「お、おい、あれを見ろ……!」
「湊様が、何かを……」
村人たちが固唾を呑んで見守る中、光の奔流が収束し、二体の巨躯が実体化する。
顕現したのは、かつてこの村を襲った絶望の象徴。
「ひぃっ!? あ、あれは、この間の……!」
「藍黒の狼……!? な、なんでここに!」
悲鳴が上がり、トトたちが反射的に武器を構える。
だが、狼たちの瞳に宿るのは殺意ではなく、絶対的な忠誠の色だった。
俺は二体の頭をポンポンと撫で、凍りついている村人たちへ向き直る。
「安心してくれ。この村を守る番犬として働いてもらうために生み出したゴーレムだ」
「ば、番犬……ですか?」
「あぁ。こんななりだが黄金級くらいの実力はあるからな。……おい、お座り」
俺が指を鳴らすと、二体の巨狼は即座に腰を落とし、ハッ、ハッ、と舌を出して愛想を振りまいた。
その姿は、凶悪な魔物というよりは、巨大な忠犬そのものだ。
その光景に、場が静まり返る。
そして次の瞬間、爆発的な歓声が上がった。
「す、すげぇ……。倒した魔物を蘇らせて、配下にするなんて……」
「敵すらも従えるとは……! さすが湊様です!」
恐怖は一瞬で熱狂へと上書きされた。
俺の背後に侍る二体の狼を見て、彼らは一斉に膝をつく。
「湊様が従えているのだから、きっと神の使いに違いない」という、危ういほどの信頼が満ちていくのを感じる。
「……神は敵を折伏し、村を守る守護聖獣として再誕させ給うた……これを創世記に加えるべきか、それとも奇跡の章として別枠にするべきか……」
ユルダ婆さんが涙目で手を合わせながら、何かブツブツと唱えている。
強化された聴覚は、その不穏な独り言を一言一句漏らさず拾い上げてしまったが、俺は聞こえないフリを決め込んだ。
一々、訂正しているとキリがない。
「わぁ! わんわんだ!」
ポポがおずおずと手を伸ばすと、藍黒色の狼――蘭丸が、自分から頭を擦り付けた。
どうやら、ポポのことが気に入ったらしい。
銀二の方も、ガルに撫でられて満更でもなさそうだ。
「大体で意思疎通はできると思うから、よろしく頼むよ。お前ら、ダンジョンにいくパーティと村の警備を分担してくれ」
「わおん!」
二体が同時に吠える。
頼もしい限りだ。これで心置きなく出かけられる。
「よし、せっかくだ。少し手合わせしてみるか?」
言葉だけでは不安だろうと思い、俺はガルとトトに模擬戦を提案した。
結果は――言うまでもない。
二体の狼は、アドオンで強化された彼らの攻撃を欠伸交じりに躱し、傷一つつけずに制圧して見せた。
圧倒的な実力差。
だが、その手加減の巧みさが、逆に彼らに知性と理性が宿っていることの証明となった。
「つ、つえぇ……! こんなのが味方なら、もう何も怖くねぇな!」
ガルが尻餅をつきながら、晴れ晴れとした顔で笑う。
村人たちの表情からも、不安の色は完全に消え去っていた。
しばらく、村人たちと交流させていると、遠くの空に、赤と緑の混じった魔法の光が打ち上がった。
「お、来たか」
男爵領からの合図だ。
日を跨がずに来るとは思わなかった。
向こうも相当焦ったのだろう。
「じゃあ行ってくる」
俺はコンビニに行くような気軽さで言い残し、足元の地面を蹴った。
双狼の円環に残った神速の理(極)による超高速移動。
景色が線になって後方へ飛び去り、数分後には、俺は男爵邸の庭に降り立っていた。
蘭丸はポポ君がお気に入りのようですね。




