第30話 おじさん、御利益を与える
翌朝。
ホルム村の広場には、異様な光景が広がっていた。
「では、並んでください。一人ずつ行います」
俺が声をかけると、整列していた村人たちが、緊張した面持ちで進み出てくる。
その光景は、教祖様の洗礼を受ける信者の列そのものだった。
ユルダたちが「力を授ける儀式」としてお膳立てしてしまったせいで、広場には厳粛な空気が張り詰めている。
咳払いひとつ許されないような、ピリピリとした緊張感だ。
(……なんで俺、こんなことやってんだろ)
やり方については昨日のうちにナビ子に教わっている。
心の中で遠い目をしながら、一人目の村人――村長である老女ユルダの額に手をかざした。
『対象を確認。システム接続。自律進化・スレーブ化を開始します』
脳内でナビ子のアナウンスが響く。
側から見れば、俺が手をかざすと同時に、淡い青色の光が相手の体を包み込むという、いかにも「奇跡」な演出が発生していた。
これはナビ子が気を利かせて実装したエフェクトらしいが、効果は抜群すぎた。
「おお……! 体が、軽い……!」
光が収まると、老女ユルダが自分の手を見つめて震えだした。
「力が……身体の底から力が湧いてきます……! 腰の痛みも消えている……!」
(……ま、元が10%しか出せてないのを15%〜20%くらいまで引き上げただけなんだけどな)
本来、ダンジョンの外ではシステム補正が働かず、本来のステータスの1割程度しか力を発揮できない。
今回のアドオンは、その制限を少しだけ緩和したに過ぎない。
だが、常に身体に重りを巻かれているような状態だった彼らにとっては、背中に羽が生えたように感じるのだろう。
「次、リリ」
「は、はいっ!」
感動するユルダを放置して、次々とインストールを進めていく。
リリも、トトたちも、光を浴びるたびに「見えなかったものが見える!」「風の音が聞こえる!」と大騒ぎだ。
プラシーボ効果もあるだろうが、単純に身体能力と知覚能力が底上げされているのだ。
そして、最後の一人――ガルの前に立った。
「……頼む」
ガルは短く言って、目を閉じた。
その顔には、昨日のような反発心はない。あるのは、純粋な力への渇望と、そして俺への信頼のようなもの。
俺は苦笑しつつ、彼の手額に手をかざした。
『インストール開始……おや?』
ナビ子の声色が、少し変わった。
(どうした?)
『いえ、適合率が高いです。他の村人が平均15%程度なのに対し、彼だけ20%を記録しています』
適合率。
俺の自律進化との相性らしい。
『性格はひねくれてますが、魂の波長がマスターと似ているようですね。頑固で、負けず嫌いで、一度決めたら梃子でも動かない』
(……へぇ、ツンデレのくせにか)
『ええ、ツンデレのくせに』
俺たちは脳内で示し合わせて笑った。
光が収まると、ガルがカッと目を見開いた。
「……すげぇ」
彼は自分の掌を強く握りしめた。
骨が軋む音が聞こえそうなほどだ。
「これなら……戦える!」
腰の剣を、ガルが抜き放つ。
銀閃。
風を切る音が、以前とは段違いに鋭い。
本人の才能もあるのだろうが、システム補正の恩恵を最も強く受けているようだ。
「よし、これで全員だな」
ガルへのインストールを終え、俺は全員を見渡した。
インストールを終えた村人たちの顔つきは、明らかに変わっていた。
ただ守られるだけの弱者ではない。力を得たことで、戦う意志が宿っている。
そんな時だった。
俺の前にポテポテと走り寄る影があった。
ポポだ。
彼は期待に満ちたキラキラした瞳で、俺を見上げている。
その小さな手には、大事そうに抱えられたカニの甲羅が握りしめられていた。
そうか、みんなが力を貰っているのを見て、自分もと思ったのか。
「すまんな、ポポにはできないんだよ」
「えぇー! どうして! 僕も強くなりたいよ!」
手を引っ込めると、ポポは頬を膨らませて抗議した。
「これはダンジョンに入ったことがある人にしかできないんだよ。ダンジョンに入れるのは14歳から。これは世界のルールだからな、俺にもどうにもできないんだよ」
正確には、ダンジョンに入ったことがなくても付与できるらしい。ただ、子機化はダンジョンに潜って「アバターシステムによる身体強化」が付与されていることを前提としている。
素っ裸の一般人に高圧電流を流すような真似はできない。アバターという保護回路を持たないポポには、まだ早すぎるのだ。
「……そっか」
「ま、飯食って寝てればすぐ大きくなる。それまでのお預けだ」
ポン、と頭を撫でてやると、ポポは悔しそうに、でも少し嬉しそうに頷いた。
「うん! 僕、この食器でお肉をいっぱい食べて、早く大きくなる!」
「おう、そうしてくれ」
ポポが列から離れるのを見送り、俺は改めて全員に向き直った。
「さて、力を渡しただけじゃ意味がない。使いこなせなきゃ、宝の持ち腐れだ」
俺が言うと、全員が居住まいを正す。
「これから訓練を始める。教官は俺と――」
俺は空中に指を弾いた。
それを合図に、ナビ子が『実体化』する。
もちろん、物理的な実体ではない。
子機化した彼らの視覚情報に、ナビ子のアバターをARとして重ねて表示させる設定をONにしたのだ。
空中に、光の粒子が集束する。
現れたのは、銀髪のボブカットに金色の瞳を持つ、半透明の少女。
「「「!?!?」」」
全員が息を呑み、後ずさった。
見えないはずのものが見える衝撃。
現実の風景に異物が混入したような、脳がバグる感覚だろう。
『初めまして、子機の皆様。私はマスターのサポートユニット、ナビ子と申します』
ナビ子はスカートの端を摘み、優雅にカーテシーをしてみせた。
その姿は、あまりにも神秘的で。
「精霊様……!」
「いや、天使様か!?」
「神の御使いだ……!」
またしても、誤解が加速していく。
ユルダに至っては、その場で拝み始めてしまった。
(おい、キャラが違うだろ。調子乗んな)
俺のジト目をよそに、ナビ子はこれ見よがしに銀色のボブヘアを払い、ふふんと華奢な胸を張った。
半透明のワンピースが光の粒子を纏って揺らめき、淡い金色の瞳が自慢げに細められる。
ホログラムの輝きが、心なしか三割増しになっている気がする。
完全に、崇められる快感に酔いしれていた。
『あら、ご挨拶ですよ? これからは私が彼らの管理も行うんですから、顔通しくらいしておきませんと』
ナビ子は涼しい顔で言い放つ。
まぁ、こいつが姿を見せてくれた方が、俺がいちいち「神託」だのなんだの言い訳する手間が省けるから助かるが。
「紹介しよう。こいつはナビ子。俺の……まぁ、秘書みたいなもんだ。これからの訓練は、俺とこいつの二人三脚で行う」
俺はバールを肩に担ぎ、ニヤリと笑った。
「安心しろ。剣の振り方だの、魔法の詠唱だの、そんな小難しいことは教えねぇ」
「え……? じゃあ、何を?」
ガルが戸惑ったように問う。
俺はバールの先端を、彼の喉元に突きつけた。
寸止め。
だが、殺気だけは込めて。
「ッ!?」
ガルが硬直する。
鉄の冷たさが、皮膚一枚隔てて伝わったはずだ。
喉仏が小さく上下するのが見えた。
「教えるのは二つだけだ。『効率的な殺し方』と『死なないための立ち回り』。……泥臭くて、卑怯で、一番実戦的な技術だ」
俺はバールを下ろし、宣言した。
「地獄のブートキャンプへようこそ。……泣いても逃がさねぇから覚悟しろよ?」
俺の言葉に、ナビ子がにっこりと――背筋が凍るような笑顔で――微笑んだ。
『それでは、明日からさっそく基礎訓練を開始します。まずはスクワット一〇〇〇回からですね』
「「「ええええええッ!?」」」
人口三二人のホルム村。そのうち、アドオンを付与された対象者は一六名。
村の半数による悲鳴と絶望が、山間に木霊した。
だが、その声には、以前のような弱々しさは微塵もなかった。
鬼軍曹ナビ子、始動します。
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