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完全手動(フルマニュアル)おじさん、ダンジョンの意思?に人間卒業させられました。  作者: 別所 セラ
異世界 編

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第26話 おじさん、魔法使いになる

 翌朝。

 空は突き抜けるように青かった。

 昨夜の湿った空気はどこへやら、乾いた風が廃材のバリケードを揺らしている。

 だが、その爽やかさとは裏腹に、村の空気は重く澱んでいた。


「……うぅ」


 広場の一角で、うめき声が上がった。

 七歳くらいの男の子だ。名前はポポといったか。

 泥の上に膝をつき、小さな体を震わせて踞っている。

 顔色は土気色で、額には脂汗が滲んでいた。


「ポポ! しっかりして!」


 リリが駆け寄り、その背中をさする。

 だが、ポポの体がビクリと痙攣し、口元から黄色い胃液が吐き出された。

 鼻をつく酸っぱい臭い。

 地面に広がるそれは、明らかに異常な色をしていた。


「……何があった」


 歩み寄る。

 リリが弾かれたように顔を上げた。

 その瞳には、焦燥と、隠しきれない諦めが混じっていた。


「水……だよ」

「水?」

「昨日から、臭いが違ったの。でも、飲まないと死んじゃうから……」


 リリの視線が、広場の中央にある古びた井戸へと向けられる。

 石積みの縁は欠け、黒く変色した苔がへばりついている。


 井戸へ近づき、中を覗き込む。

 底には、茶色く濁った液体が溜まっていた。

 以前から少しずつ濁りが混じり始めていたとは聞いていたが、これは酷い。

 立ち上る土の臭いと、カビのような湿った臭気が、鼻腔を刺激する。


 胃の腑が雑巾のように絞られる感覚。

 顔をしかめ、口元を手で覆う。


(……酷いな。こりゃあ、ただの泥水だ)


『解析完了。大腸菌群、および雑菌を多数検出。飲用不適。致死性はありませんが、免疫力の低い子供には深刻な脱水症状を引き起こすレベルです』


 ナビ子の冷静な声が脳内に響く。

 致死性はないと言っても、この村の環境で脱水症状は死に直結する。

 現に、ポポ以外の子供たちも、どこか顔色が悪い。


「……沸かして飲んでないのか?」

「薪が足りなくて……」


 リリが短く答える。

 その声は枯れ枝のように乾いていた。


「昨日の夜襲で、バリケードを直すのに燃やせる木は全部使っちゃった。森に取りに行こうにも、ウルフが怖くて行けないし」


 詰み、か。

 水がない。煮沸する燃料もない。取りに行く戦力もない。

 この村は、緩やかに、だが確実に死に向かっている。


「そうか」


 短く呟き、インベントリから小瓶を数本取り出した。

 中には淡い緑色の液体――下級ポーションが入っている。


「これをポポたちに飲ませてやれ。このくらいならすぐに治ると思う」

「え……? で、でも、こんな貴重なもの……。村には既にあなたから貰ったポーションがあるしーー」


 リリが目を見開いて後ずさる。

 この世界において、ポーションは庶民が手軽に買えるものではない。ましてや、廃棄地域の住人にとっては宝石にも等しい価値があるだろう。


「気にするな。ダンジョンに行けばいつでも手に入る。腐らせるよりマシだ」


 無理やりリリの手に瓶を押し付ける。

 彼女は震える手でそれを受け取り、深々と頭を下げてからポポの元へ走っていった。


 とりあえずの急場は凌げたか。

 だが、根本的な解決にはなっていない。


 井戸の縁を叩く。

 硬い石の感触が、掌に痛い。


(……おい、優秀なアシスタントであるナビ子さんや。お前の超性能で、水を浄化できないか?)


『不可能です。私はあくまでサポートAIであり、物理干渉能力はありません。ですが、マスター自身がやるなら話は別です』


(俺が?)


『はい。そろそろ、魔法を覚えませんか?』


 魔法。

 その単語に、俺は眉をひそめた。探索者を始めてからずっと、物理一本でやってきた。魔法なんてファンタジーな代物が俺の性分じゃないから、なんて理由ではない。魔力の動かし方は分かるが、それをシステム補正なしで魔法にするイメージができないからだ。結界や身体強化のように魔力をそのまま使うだけなら簡単なのだが……。


(……無理だろ。完全手動(フルマニュアル)で魔法って、イメージもできねぇよ)


『誤解していますね、マスター。いつまで昔の感覚を引きずっているんですか?』


(は?)


『つい最近、この世界の言語を一瞬で習得しましたよね? あれは脳の言語野に魔力回路を強制接続し、書き換えるという荒業です。普通なら廃人コースですが、あなたは無意識にそれを制御しきった。自律進化(スタンドアロン)になる前に同じことが出来たと思いますか?』


 ナビ子の声には、どこか呆れたような響きがあった。


『マスターの「魔力操作」スキルは、カンスト状態(レベルMAX)です。ただ、使い方が分かっていないだけ。……例えるなら、最高級のスペックのパソコンなのに、機械音痴だからとネットサーフィンしかできていないようなものです』


 道具はある。使い方さえ分かればなんとかなる、ということか。いや、まぁ、その使いかたが問題なんだが。


(分かった。で、どうすればいい?)


『まずはイメージです。魔力という名の電流を、体内の回路に通す感覚。……視覚化します。ガイドを表示』


 視界に、青白いグリッド線が走る。

 身体を透かすように、血管とは別の、複雑な幾何学模様が浮かび上がった。


(……これは、いつものやつだな)


 見覚えがある。

 普段、身体強化を行う際に無意識に使っているパスだ。

 俺にとって、魔力をここに通すこと自体は、呼吸と変わらない。


(パスに通すだけなら簡単だ。いつもやってる)


『ええ。ですが、そこからが問題です。単なる「強化」と「魔法」の違いは、出力される魔力の波長と構造にあります』


(……さっぱり分からん)


『でしょうね。言語化して理解するのは非効率です。……ですので、土魔法を使う際の感覚データを直接送信します。この「感覚」に合わせて、魔力を変換させてください』


 直後、脳内に奇妙な感覚が滑り込んできた。

 言葉ではない。

 ザラついた土の感触、重力に引かれる重み、固く結びつく分子の結合。

 そういった「土そのもの」の概念が、電気信号として脳を刺激する。


(……っ、なんだこれ。気持ち悪いな)


『その感覚に従って出力してください』


 奇妙な感覚に眉間の皺を深くしながら、体中を通している魔力を、その鋳型へと流し込み、変換させる。


『そのまま、マスターがイメージするままに魔法を使う意志を出してください』


 井戸の縁に手を置く。

 イメージするのは、コンクリート打設。基礎工事。

 土を固め、形を作り、強度を持たせる。


 不思議な感覚だった。

 言葉も、理論も知らないはずなのに、今の俺には「どうすれば土が動くか」が直感的に理解できていた。

 まるで、最初からその機能が備わっていたかのように。


「……動け」


 念じると同時に、掌から鈍い光が溢れた。

 ズゥン、と低い音が響き、井戸の石組みが微動する。


 視界には、井戸の構造がワイヤーフレームのように透けて見えていた。

 亀裂だらけの内壁。崩れかけた底。

 そこへ、俺の魔力が浸透していく。

 土粒子の一つ一つをセメントのように結合させ、隙間を埋め、再構築する。


 魔法というより、分子レベルで左官工事をやっているような感覚だ。

 ひび割れが塞がり、歪だった石組みが整然とした円筒形へと修正されていく。

 さらに、底を深く掘り下げ、地下深くにある帯水層までのパスを繋ぐ。

 溜まっていた汚水は、土壌操作で作り出した一時的な空洞へと押し流し、清浄な土で蓋をして封印する。

 最後に崩落を防ぐため、内壁をセラミックのように硬化させ、巨大な貯水槽を構築する。


 額に汗が滲む。

 肉体的な疲労はゼロ。魔力の消費もそれほどでもない。

 しかし、脳の処理リソースがごっそりと持っていかれる。


「……ふぅ」


 数分後。

 そこには、真新しく生まれ変わった井戸があった。

 内壁は滑らかに整えられ、底にはまだ水はないが、清潔な空洞が広がっている。


「す、すごい……」


 ポポたちにポーションを飲ませて戻ってきたリリが、口をぽかんと開けていた。

 彼女の目には、俺が手を置いただけで井戸が直ったように見えたのかもしれない。

 だが、はた目から見えているほど楽な作業ではなかった。


(……で、次は水か)


『はい。続いて水属性を使う際の感覚データを送信します』


 今度は、冷たい感覚が脳内を満たす。

 指先を流れる流水の感触、深海の静寂、変幻自在な液体の概念。

 それをイメージとして取り込む。


 縁に置いた掌から、清冽な水が迸る。

 それは滝のように底へと注がれ、渇いた空間を満たしていく。

 濁りのない、透き通った水だ。

 水位がぐんぐんと上がり、やがて半分ほどを満たしたところで止まる。


「……魔法ってのは、もっとこう、杖を振ったらキラキラしてドーン!って感じだと思ってたが」


 肩を回しながらぼやく。

 なんだか、他人の脳みそを借りて、勝手に身体を動かされているような奇妙な感覚だった。

 便利だが、あまり多用したいとは思わない。


「想像以上に、わけのわからん感覚で使ってるんだな。……酔いそうだ」


『慣れですよ、マスター。本来ならシステムが全部やってくれる感覚を、一瞬でインストールしているのですから、脳が混乱するのは当然です。もし、マスターみたいにマニュアル操作で魔法を使う場合、発動するだけで数年かかってもおかしくないですからね』


 ナビ子がもっともなことを言う。

 釣瓶を降ろし、水を汲み上げた。

 木桶いっぱいに満たされた水は、朝の光を反射して眩しく輝いている。


 まずは俺が口をつける。

 冷たい。

 喉を滑り落ちる感触が、乾いた体に染み渡る。

 カルキ臭さも、泥の臭いもない。純粋な水の味だ。


『成分分析、オールグリーン。重金属、毒素、細菌類は不検出。ミネラルバランスも最適です。市販の天然水よりも高品質ですね』


「よし、飲めるな」


 ナビ子のお墨付きをもらい、リリに桶を差し出す。

 彼女はおずおずと受け取ると、一口飲み、目を丸くした。


「……おいしい」

「ポポにも飲ませてやれ」


 リリは急いでポポの元へ走り、水を飲ませる。

 乾ききったスポンジが水を吸うように、ポポはゴクゴクと喉を鳴らした。

 やがて、苦しげだった呼吸が落ち着き、顔に赤みが戻ってくる。


 広場にいた他の子供たちも、わっと井戸に集まってきた。

 誰もが水を求め、そしてその美味さに歓声を上げる。


「すげぇ! 冷たい!」

「泥の味がしない!」

「ミナトさんがやったの!? 凄い!魔法も使える探索者なの!?」


 子供たちのキラキラした視線が刺さる。

 居心地の悪さを感じて、視線を逸らした。


「……ただの応急処置だ」


 そう、これは一時しのぎに過ぎない。

 水源そのものが綺麗になったわけじゃない。今は俺が魔法で生み出した水で満たされているが、俺が出さなければ、いずれ尽きる。

 そうなれば、また彼らは「水なし」の生活に逆戻りする。


「……なぁ、リリ」


 歓声の輪から少し離れた場所にいたリリに声をかけた。


「浄水の魔道具なんかは売ってないのか? 水を綺麗にするようなやつだ」

「……あるよ。都市に行けば、『浄水機』っていう魔道具が売ってるって聞いたことある」


 リリの表情が曇る。


「でも、買えない。高いし……そもそも、売ってくれる商人がここまで来ないもの」


 物流の死。

 廃棄地域という場所が抱える、構造的な欠陥。

 金があっても物が買えない。そもそも金もない。

 道が荒れ、魔物が出るこの場所に、わざわざ重い浄水機を運んでくる商人はいない。


『マスター。なければ、現地調達すればいいのです』


 ナビ子が割り込んでくる。


『ダンジョンは、人間を引き寄せるために、周辺環境のニーズに適応する傾向があります。この村が「水」に困っているなら、近隣のダンジョンには「水」に関連するドロップ品が設定されている可能性が高いはずです』


 随分と都合の良いことだ。

 地球でも、ダンジョン発生から驚くべき早さで社会に浸透したが、その背景にはこの「ニーズへの適応」という性質があったのかもしれない。

 人間が何を欲しているかを読み取り、それを報酬として用意する。そうやって、ダンジョンは人を(いざな)い、その深淵へと引きずり込んでいく。


自律進化(スタンドアロン)のドロップ品選択と、私の「解析(サーチ)」を組み合わせれば、水を出す魔道具なんてちょちょいのちょいですよ!』


「……ちょちょいのちょい、って」


 どこか昭和の匂いがする古臭い言い回しに、思わず吹き出した。

 だが、今の俺にはその軽さが心地よかった。


 ダンジョンの性質を逆手に取り、毒を以て毒を制す。

 リハビリついでには丁度いい運動になるだろう。


「……ちょっと出かけてくる」

「え? どこへ?」

「散歩だ。夕方には戻る」


 唖然とするリリに背を向け、インベントリからバールを取り出して肩に担ぐ。

 そのまま、村の出口へと足を踏み出した。


水だけは何とかしたいですよね。命なんで。

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