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完全手動(フルマニュアル)おじさん、ダンジョンの意思?に人間卒業させられました。  作者: 別所 セラ
異世界 編

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23/46

第21話 おじさん、異世界へようこそ

現在、30話までの執筆が完了しております。

その間、毎日投稿していきます。

 視線を上げる。

 数メートル先で、助けた若者たちが身を寄せ合い、小刻みに震えていた。

 無理もない。自分たちが手こずっていた魔獣を一撃粉砕した男が、突然、虚空に向かって「先に言えよ!」と絶叫したのだ。

 不審者どころか、危険人物そのものだろう。


「あー……すまん、独り言だ。ちょっと考え事をさせてくれ」


 努めて穏やかな声を出す。

 彼らは一斉に頷き、さらに数歩、距離を取った。

 ……まあいい。今は情報の整理が先だ。


「異世界、異世界かー……」


 呟きは、乾いた風にさらわれて虚空へ消えた。


 都市伝説としては聞いたことがあった。

 『ダンジョンの最深部は別世界に繋がっている』。


 モンスターに魔法、レベルアップ。これだけファンタジーな要素が揃っていれば、「この奥には異世界がある」と考える人間がいてもおかしくはない。

 だが、それはあくまで噂や陰謀論レベルの話だったはず。

 32年間、世界中の探索者がどれだけ潜っても、誰もその証拠を見つけられなかったからだ。


 現実は、小説よりもたちが悪い。

 まさか自分が、巨大ミミズの消化器官を経由して、人類初の異世界到達者(推定)になるとは。


 頭上には、月明かりのない毒々しい星空。

 頬を撫でる風は、地球のそれよりもひどく乾燥していた。


『はい、異世界です。ただ、帰れないわけではありませんよ』


 脳内で、ナビ子の声が響く。

 鼓膜を震わせない直接的な音声信号。

 片道切符だと思っていたが、往復可能なら話は別だ。


「そうか、じゃあさっさと帰ろう。舟木さんや沙織さんたちが心配しているかもしれない」


 誰にも聞こえないよう、小声で呟く。

 若者たちは少し離れた場所で、こちらの様子を窺っている。独り言を言っている危ない奴だと思われていなければいいが。


『今すぐ帰れる、というわけではありません。先ほど入手した『境界喰らいの歴史(ワームログ)』。あれを完全に解析して、こちらの世界と地球の座標を特定できれば、理論上は帰還ゲートを開けます』

「理論上は、ってのが引っかかるな」

『先ほども言いましたが、空間や次元への干渉は、秘銀級(ミスリル)以上の領域でないと不可能なのです』

「……つまり、俺が秘銀級(ミスリル)以上に成長すれば良いってわけか」

『はい。そうすれば、私の権限も強化され、ゲートを開く演算が可能になります。……あ、言っておきますけど、本来は秘銀級(ミスリル)でも次元移動なんて夢のまた夢なんですからね? 最低でも秘銀級(ミスリル)というだけで、赫金級(オリハルコン)になって初めて使える探索者もいるくらいなんですから! 私が優秀なナビゲーターだから可能な偉業なんですよ?』

「はいはい、有能有能」

『むふー。分かればよろしいのです! もっと褒めてもいいんですよ?』


 脳内で胸を張るナビ子をスルーし、思考を巡らせる。

 秘銀級(Lv.500)以上。

 今のレベルが358だから、あと142。


 ここ数日の激戦――暴食オークのイレギュラー三体との死闘、そして原種二体との連戦――を経て、レベルは220から一気に358まで跳ね上がった。

 たった二日で138の上昇だ。

 このペースなら、半年……いや、数ヶ月もあれば達成できるんじゃないか?


「意外と早く帰れるかもな」

『甘いですよ、マスター』


 皮算用を見透かしたように、ナビ子が釘を刺してくる。


『レベルは上がるほど、次のレベルに必要な経験値が幾何級数的に跳ね上がります。それに、一定のレベル帯ごとに存在する「(キャップ)」の問題もあります。優秀な探索者でも、Lv.300台から400台に上げるだけで数年はかかりますし、一生かけても辿り着けないケースがほとんどです』

「……だろうな」

『ですが! マスターにはシステムによる「経験値徴収」も「最低吸収量の規定」もありません! 自律進化(スタンドアロン)の特権で、倒した分だけダイレクトに強くなれます。理論上、壁なんてものは存在しません!』

「つまり、狩りまくればいいと?」

『その通りです! さあ、残業(レベル上げ)のお時間ですよ!』


 コイツと出会ってからたった数日しか経ってないのに、労働量が激増してるんだが。全く大したアシスタントだよ。

 ため息をつきながら、世知辛いこれからの労働を考えていると、恐る恐る声をかけられた。


「……あ、あの!」


 声の主を見る。

 さっき助けた若者たちが、困惑と畏怖の入り混じった表情でこちらを見上げていた。

 怯えてはいる。だが、魔物の徘徊するダンジョン内で、強力な戦力()から離れるのは得策ではないと判断したのだろう。


 ボロボロの革鎧。頬はこけ、眼窩が落ちくぼんでいる。

 装備の質は、日本の初心者(ビギナー)よりも酷い。


「あぁ、すまん。もう大丈夫だ、なんだ?」

「助けていただきありがとうございます。貴方は……?」


 異世界の言語のはずだが、意味が脳に直接染み渡ってくる。

 ナビ子の翻訳機能が、日本語として認識させているのだ。


 バールを肩に担ぎ直す。

 冷たい鉄の感触が、現実感を繋ぎ止めるアンカーだった。


「通りすがりの迷子だ。……と言っても信じないだろうな」


 こちらの姿は、消化液で溶けた作業着に、あちこち傷だらけの体。

 どう見ても不審者か、死に損ないの亡霊だ。

 それでも彼らは、魔獣を一撃で粉砕した光景を見ている。無下にはできないはずだ。


「とにかく、休める場所が欲しい。近くに村はあるか?」


 言葉が伝わると、彼らは顔を見合わせ、一人の少年が前に出た。


「あ、あります! 俺たちの村が、すぐ近くに……! ですが、その、何のお構いもできませんが……」

「屋根と壁があればいい」


 贅沢を言える立場じゃない。

 それに、限界が近い。


「……ッ」


 不意に、地平線がぐらりと傾いた。

 心臓が早鐘を打ち、指先が勝手に痙攣する。

 視界に赤いノイズが走り、無機質なシステムログが明滅した。


『警告:神経伝達回路の崩壊まで、推定戦闘許容時間――残り420秒』


 ……あと七分か。

 『働き蟻の献身』『兵蟻の闘志』『闘争ホルモンの結晶』――あのワーム戦で全部乗せした劇薬のリバウンドだ。これ以上、派手な戦闘を続ければ廃人コースまっしぐらだな。


『警告:バイタル低下。自律神経系に重篤な負荷を確認。……マスター、直ちに休息を推奨します』


 ナビ子はログの致命的な数値(カウントダウン)にはあえて触れず、ただ休息だけを促してきた。余計な不安を煽らないための配慮か、あるいは俺の性格を見越してのことか。


「分かってるよ……」


 血管に泥が流れているような倦怠感を覚え、足を踏ん張る。ここで倒れたら、野垂れ死にだ。

 若者たちがこちらの異変に気づき、慌てて駆け寄ろうとするが、手で制する。


「大丈夫だ。案内してくれ」


 俺たちは、毒々しいほど眩い星空の下、荒野を歩き出した。


          ◇


 どうやら、転移した場所はダンジョンの三層目だったらしい。

 外へ向かう道すがら、襲ってくる魔物を秒殺しながら進むと、すぐに外に出ることができた。


 だが、そこで言葉を失った。


 視界に広がるのは、圧倒的な「死」の気配。

 畑がない。生活の煙が上がっていない。

 かつて街道だったであろう道は雑草に埋もれ、轍の跡すら消えかけている。

 人間が生きている気配――「生活」の匂いが、絶望的なまでに希薄だった。


 村への道中、若者たち――リーダー格の少年はトトというらしい――から少し話を聞いた。

 ここら辺一帯は「廃棄地域」と呼ばれている場所らしい。

 名前からして終わっている。


「どうしてこんな場所に住んでるんだ? 街に行けばいいだろう」

「街に住むには市民税が必要なんです。でも、冒険中やスタンピードで働き手が減ってしまって、払えなくなった人からこっちに流れてくるんです……」


 トトは乾いた笑みを浮かべ、言葉を続けた。

 行政が撤退したこの土地には、もうろくな仕事がない。

 それでも領主は「道路確保」や「魔石納入」という名目で、最低限の上納金を要求してくるらしい。


 逃げようにも、逃げる場所などない。

 まさに、詰み(チェックメイト)だ。


「噂によると、数年前に即位された新しい王様は人格者で、都に行けば女、子どもを受け入れてくれるらしいです。でも、王都までは一ヶ月以上かかるし、ここみたいな辺境なんて見てないでしょうから……」


「まさに廃棄地域……行政サービス対象外ってことか」

『要するに、国に見捨てられたスラム街ですね。マップデータを作成中ですが……インフラ反応、ほぼゼロです』


 しばらく歩くと、道端に石造りの台座のようなものが見えた。

 かつては精緻な彫刻が施されていたであろうそれは、今は無惨にひび割れ、苔むしている。

 周囲にはモンスターのものだろう、糞が散乱し、鼻を突くアンモニア臭が漂っていた。


「そこには近づかないでください。……昔は神様の加護があった場所らしいんですけど、今は魔物の巣になってますから」


 トトが忌々しげに吐き捨てる。


「……昔は、ここが安全地帯(セーフティエリア)だったわけか」


 直感した。

 かつては魔道具かなにかで、魔物を寄せ付けない結界か何かが張られていたのだろう。

 それが、今は便所になっている。


「神様も逃げ出したってことか」


 行政撤退の現実は、雄弁にこの土地の絶望を語っていた。

 守る者がいない。維持する者がいない。

 ここは、文明の墓場だ。


「……あっちか」


 視線を向けた数秒後、トトが叫んで錆びた剣を構えた。


「……ッ、魔物だ!」


 前方の茂みが揺れた。

 飛び出してきたのは、ハイエナのような魔獣。

 浅層級の雑魚だが、今の彼らには脅威なのだろう。若者たちが身を硬くし、肩を寄せ合う気配が背中に伝わる。


 ハイエナが牙を剥き、こちらに飛びかかろうとして――

 俺と目が合った。


「ギャッ……!?」


 瞬間、獣の喉から悲鳴が漏れた。

 攻撃態勢から一転、尻尾を巻いて逃げ出そうと身を翻す。

 こちらから漂う、ダンジョン外でも減衰しないエネルギーを感じ取ったのか。野生の勘ってやつは、時に人間より賢い。


「逃げるなよ」


 思考より先に、右手が動いていた。

 足元の石を拾い上げ、腕を振る。

 システム補正なしの、純粋な筋肉と骨格の連動。


 石は風切り音すら置き去りにして、ハイエナの後頭部に吸い込まれるように直撃した。

 頭蓋が砕ける、湿った音が響く。

 ハイエナは悲鳴を上げる間もなく、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「……え?」


 トカゲを倒した時もそうだったが、トトたちは状況が飲み込めていないようだ。

 口を半開きにして、物言わぬ肉塊となった魔物と、それを背後から一撃で仕留めた俺を交互に見ている。


「……逃げる魔物を、一撃で?」

『マスター、容赦ないですね。それにしても……』

「ああ。なんでこんなにモンスターが、(地上)にうろついてるんだ?」


 浅層級とはいえ、ダンジョンの外に魔物が我が物顔で闊歩している状況は異常だ。

 疑問に、トトが力なく答える。


「ここら辺は廃棄地域ですからね……。街の周辺以外は、間引きも追いついてないんです」


 普通なら探索者が定期的に狩って数を減らすものだが、廃棄地域にはその手が回らない。


『ダンジョン外だとモンスターが弱体化する代わりに、取得経験値も大幅に減衰します。ドロップ率も渋いですね。普通の探索者なら赤字ですから、廃棄地域で狩りをするお人好しはいないのでしょう』


 放置しておけば村が危ないが、狩っても旨味がない。

 探索者に見捨てられるわけだ。


『ちなみに、マスターの場合はシステム手数料(中抜き)がないので、普通の探索者がダンジョン内で狩るより効率はいいんですよ!』


 死体は既に光の粒子となって消滅し、あとにはドロップ品である肉の塊だけが残されていた。


「お、肉か。貴重なタンパク源だな」


 痛む体を引きずり、獲物を回収しに向かう。

 さっき倒した巨大トカゲの肉も回収済みだ。

 インベントリに放り込みながら、呟く。


「……これ、食えるのか?」

『解析完了。食用可能です。魔物の肉は人体に有害な成分を含みません。ダンジョンは、人間が必要とする資源を産出するように設計されていますから』

「へぇ、意外と親切設計なんだな。……味はどうかしらんが」


 作業を終えて戻ると、若者たちの視線が変わっていた。

 最初は「怪しい余所者」を見る目だったのが、今は「理解不能な怪物」を見る目に変わっている。

 まあ、逃げる魔物を背後から石で殺す怪我人なんて、どう見てもカタギじゃない。


「行くぞ。案内してくれるんだろ?」

「は、はい……!」


 彼らの足取りが、少しだけ速くなった気がした。


          ◇


 村が見えてきた。

 村というより、砦に近い。

 柵こそ粗末な廃材の寄せ集めだが、その内側には不釣り合いなほど立派な鐘塔と避難壕が見える。

 防御よりも「逃走」に特化した構造だ。


 そして何より――。


「……本当に子供ばっかりだな」


 村に入って最初の感想は、それだった。

 出迎えに来た村人たちのほとんどが、二十歳になっていないであろう子供たちだ。

 大人の姿もちらほら見えるが、老人か、怪我をして動けなさそうな者ばかり。

 働き盛りの成人男性が、ごっそりと抜け落ちている。


 トトたちを見て、小さな子供たちが駆け寄ってくる。

 だが、こちらの姿を見ると、怯えたように足を止めた。


「トト兄ちゃん……その人、だれ?」

「……お客さんだ。ものすごーく強い人だよ」


 トトが気を使うように言う。

 村の中を見渡す。

 空き家が多い。

 屋根が落ち、壁が崩れ、雑草が我が物顔で生い茂る廃屋が目立つ。

 家の前の空き地には、粗末な木の棒が何本も突き刺さっていた。

 慰霊杭なのだろう。

 子供たちが、それを避けるようにして遊んでいる。


「……はぁ、気が重いな」


 その光景が日常化していることの残酷さが、ボディブローのように効いてくる。

 日本じゃありえない。

 ここは、地獄の釜の底か。


「こちらへ。村長が会ってくれます」


 案内されたのは、村で一番大きな、それでもあちこちガタが来ている建物だった。

 中から出てきたのは、白髪の混じった初老の女性だった。

 質素な服を着ているが、その立ち居振る舞いには不思議な品があった。


「ホルム村の村長をしているユルダです。……若い衆を助けていただき、感謝します」


 深々と頭を下げる彼女。

 その丁寧すぎる言葉遣いに、一瞬だけ違和感を覚える。

 この荒廃した村には似つかわしくない、洗練された所作。

 だが、それを追求する気力はもう残っていない。


「とにかく休むところをくれ。……限界だ」


 それだけ言うのが精一杯だった。

 緊張の糸が切れた瞬間、体に蓄積していたダメージが一気に牙を剥いた。

 視界がぐらりと揺れる。

 地面が迫ってくる。


「……頼む、少し寝かせてくれ……」


 身体がいうことを聞かない。


『マスター! ここで倒れては……マスター!!』


 ナビ子の警告が遠くなる。

 ただのAIのくせに、随分と人間臭い声を出すもんだ。

 こいつ、心配しすぎだろ……なんて、少し笑いそうになりながら。

 

 俺の異世界生活一日目は、泥のような気絶で幕を下ろした。


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