第7話 ハーグを奪い取ったアイン=トホーフェンから見た婚約破棄
『お姫様ごっこは、もうおしまい♡』
あたし、アイン=トホーフェン。王都の南にあるちっちゃな男爵家の娘。華やかさも、特別な魔法の才能もないけど――自分の可愛さには、ちょっと自信がある。
だって女の子って、可愛くしてなきゃ損でしょ?
魔法学院の六年間、あたしは目立たないように、でもちゃっかり楽しくやってきた。派手すぎると目をつけられるし、地味すぎても埋もれちゃうからね。人間関係のバランス感覚は、魔法より大事。これはうちのママが教えてくれた大事なサバイバル術♡
でも、最後の一年。あたしの人生は、ちょっとだけ大きく動いた。
きっかけは、あの人――ハーグ=ユトレヒト。
銀髪で背が高くて、いつも自信満々で……いかにも「俺様」な貴族のボンボン。でも、気づいちゃったの。あの人、ほんとは寂しがり屋で、誰かにちゃんと見ててほしいって思ってるタイプだってこと。
あたし、そういうの嗅ぎ取るの得意なのよ?
それに、彼の周りっていつも気をつかってる子ばっかり。誰も本音を言わないし、チヤホヤしてるだけ。そんなの、つまんないじゃない? だから、あたしは普通に笑って、普通にわがまま言って、ちょっとからかってみたの。
「ハーグくん、ロッテと話してるときより楽しそう♡」
冗談混じりに言ったのに、あの人、びっくりするくらい真顔になってさ。あ、効いたなって思った。
あたし、ロッテ=ルダムデンのこと、嫌いじゃなかったよ。むしろちょっと憧れてた。綺麗で頭が良くて、落ち着いてて、まさに「正統派貴族令嬢」。でもね、あたしはあの子になりたいとは思わなかった。
だって、そんなの、窮屈すぎるから。
完璧でいようとする子って、自分をがんじがらめにしてて、見てて息が詰まる。ハーグくんも、たぶん同じ気持ちだったんだと思う。
それが証拠に――卒業式当日。あたしの隣で、ハーグくんは堂々と言った。
「これ以上、俺様は君と婚約関係を続けるつもりはない。今日で終わりだ」
会場が凍りついた。あたし、ちょっと笑いそうになった。だって、あの真面目で強気なロッテが、まるで壊れた人形みたいに目を見開いてたから。
「……なに、言ってるの……?」
ロッテの声は震えてた。周りのざわめきが耳に入らないくらい、空気が張りつめてた。
でも、ハーグくんは少しもブレなかった。
「俺様、もうアインと付き合ってるから。あいつの方がよっぽど魅力的でさ?」
その言葉に、胸がきゅってした。……うん、ズルいのは分かってる。ハーグくんが誰かを傷つけてまであたしを選んだこと、きっと正しいなんて言えない。
でも、あたしはずっと「選ばれること」に飢えてた。貴族社会じゃ、地位も血筋も財産も全部「上」が偉い。男爵家の娘なんて、上級貴族のパーティじゃ添え物扱い。
そんな中で、伯爵家の嫡男が、あたしを「選んだ」。
それだけで、世界が変わった気がしたの。
「だってぇ、ロッテってお堅いんだもん。男の人、楽しませなきゃ♡」
あたしの言葉に、ロッテの目が見開かれたまま、震えた。
――ごめんね。本当は言いたくなかったよ。でも、言わなきゃ、あたしの存在が「悪役」にされちゃうでしょ?
「……一年後に、結婚するって……約束してたじゃない……」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し痛んだ。ロッテ、本当にハーグくんのこと、好きだったんだね。
でもさ――好きだけじゃ、結婚って無理なんだよ。
笑い合って、支え合って、ちゃんと見ててくれる人じゃなきゃ、いくら血筋や肩書きが合ってても、続かない。
ロッテが駆け出していったあと、会場は完全に混乱。教師も、生徒も、みんなポカンとしちゃって。あたしは少しだけハーグくんの袖を握った。
「大丈夫?」
「当たり前だろ。俺様の選択だ」
その言葉を聞いて、胸がいっぱいになった。ああ、この人、ちゃんと覚悟してたんだなって。
そのあと、ロッテが転んで、金髪眼鏡の地味男に助けられたって噂を聞いたとき、ちょっとびっくりしたけどね。
「えっ、マルセルくん? あの子、あんな地味なのにロッテを支えたの?」
意外だったけど、どこかで納得もした。ロッテみたいな子は、真面目で優しい男とくっついたほうが幸せになれる。たぶん、ハーグくんとは正反対のタイプ。
……だから、これはきっと、お互いにとって正解だったんだと思う。
ロッテは新しい未来へ進む。あたしたちは、あたしたちの世界へ。
「ハーグくん、卒業旅行どこ行く? 温泉? それとも南の海?」
「ふっ、どこでもいいさ。俺様とお前なら、どこでも最高だろ?」
あたしは、くすっと笑って、彼の腕に絡んだ。
お姫様ごっこは、もうおしまい。これからは、自分の足で幸せを選ぶ。
あたしは、アイン=トホーフェン。誰かの影じゃなく、自分の物語を生きる女の子。少しズルくて、でもちょっとだけ本気の恋をしてる――普通の、女の子。