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第4話 目覚めの朝、驚きの出来事


『朝の光と、ふたりの秘密』

 まぶしい朝の光が、古風な木枠の窓から差し込んでいた。


 マルセル=ナントリーヌは、ぼんやりとまどろみの中から意識を浮かび上がらせた。ふわりと漂う甘い香り、いつもと違うぬくもり。……なんだかおかしい。いや、明らかにおかしい。


「…………っ!」


 目を見開いたマルセルは、思わず息を呑んだ。


 隣に――裸の女性が寝ている。


「えっ……ええええええええっ!?」


 金髪が乱れたままの頭を抱えた。ふと顔を横に向けると、そこには銀の髪が枕に流れるように広がり、白い肌がシーツの端から覗いている。


「ま……マジですか……」


 しかも、その顔には見覚えがあった。


「ロッテさん……!?」


 その名を呼んだとたん、彼女がもぞもぞと身じろぎし、ゆっくりとまぶたを開いた。


「ん……おはよう、マルセル……」


「お、おはようじゃなくてですね!? な、な、なぜここに!? あの、裸、裸です、ロッテさんっ!!」


「んー……そうだよ? だって、昨夜……」


 ロッテはちょっぴり頬を染めて、目を伏せるようにしながら布団を肩まで引き寄せた。


「激しかったよね、いろいろ……」


「…………っ!? えっ、えっ、えええええっ!? え、激しかった、って、えっっ!?!?」


 マルセルの頭の中は、完全に混乱していた。昨日、酒を飲んでいたのは覚えている。ロッテがやけ酒気味に泣いて笑って、眼鏡を奪われた記憶も、そして「今夜は帰りたくない」と言ったロッテに「ボクの部屋に来ますか?」と返したのも覚えてる。


 でもその後――


「……あれ? もしかして……」


 ロッテが彼の顔をじっと見つめて、小さく首を傾げた。


「まさか……覚えてないの?」


「う、うう、ええっと……いやいや、もちろん……その……」


 汗が滝のように流れ出すマルセル。


 けれど、彼の目があちこち泳いでいるのを見て、ロッテの目が細くなる。


「うっそでしょ。ほんとに覚えてないの? わたし、昨日、初めてだったんだけど……?」


「は、はじめ……えっ、まさか、そうだったんですか!?」


「うん……それにマルセル、責任取るって……言ってたよ?」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 マルセルの心臓が、耳の奥でどくんどくんと跳ねた。


「け、け、け、結婚って……そ、それはつまり、そ、そういう……!?」


「うん。わたし、はっきり聞いたもん。“君が最初で最後の人になってくれるなら、ボクは幸せ者だ”って……言ってたよ?」


「…………っっ」


 マルセルは絶句した。そんな台詞、キザすぎる。自分の口から出るはずが――いや、酒が入っていたなら、十分にありえる。昨日のボクは酔っていて、もう一人のボクだった。そう思いたい。


「……ご、ごめんなさい。途中までは覚えてるんですけど、最後の方は記憶が……」


 ロッテは目を細めて、ふぅとため息をついた。


「……まあ、いいけどさ。わたしも酔ってたし。でも、覚えてないってのは……ちょっとショックだな」


「しょ、ショック……」


「だって……はじめてが、こんな形って。せめて、ちゃんと覚えててほしかったよ」


 その言葉に、マルセルはずきんと胸が痛んだ。


 ロッテは強がりな子だ。けれどその分、こうして傷ついたときの声が、やけに胸に響く。


「……ごめんなさい。ボク、最低ですね」


「ううん、最低ってほどでもないけどさ……。でも責任は取ってもらうからね?」


「は、はいっ……」


 緊張しきっている彼に、ロッテがふっと笑う。昨日の涙ぐんだ顔とは違って、今朝の彼女はちょっとだけ悪戯っぽかった。


「ま、まずは……朝ごはん食べよう?」


「えっ?」


「お腹空いたし。……あっ」


 二人のお腹が同時に「ぐぅ」と鳴った。


 気まずい沈黙の中に、くすっとした笑いがこぼれる。


「今の、完全に同時だったね……」


「はい……偶然にもほどがあります」


 マルセルはそっとベッドから抜け出し、ロッテに背中を向けながら言った。


「と、とにかく、朝食にしましょう。簡単なものなら作れますので……」


「うん、お願い。お腹すいたし、ちょっと冷えてきたし……それに、また話したいことあるしね」


「話……?」


「昨日の続き。……責任、ちゃんと取る話。覚えててもらえるように、今度はシラフでね」


 そう言ってロッテは、微笑んだ。


 その笑顔は、まるで朝日に包まれた妖精のようで、マルセルは言葉を失った。


 責任を取る。言ってしまった言葉だけれど、今は不思議と重く感じなかった。むしろ、彼女のために何かをしたいと思う自分がいる。


「……はい。じゃあまずは、ボクの料理で、ロッテさんの機嫌を取り戻させてください」


「ふふ、それなら楽しみにしてる。料理上手な旦那様って、いいかもね?」


 そんな冗談を交わしながら、ふたりは一歩ずつ、まだ見ぬ関係へと歩み始めた。


 これは、たったひと晩の出来事。


 けれど、彼らにとっては――運命の朝だった。

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