表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の現場を眺めていたら、泣きながら会場から逃げ去る令嬢とぶつかって、流れ的に飲みにいったら忘れられない夜になった件!  作者: 山田 バルス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/48

第39話 怒りのダンク=ユーウエル 彼女を侮辱するな

「彼女を侮辱するな」──ダンク=ユーウエル視点

 その報せを受け取ったのは、ちょうどロッテと娘メイが午後の読書を楽しんでいた時間だった。


「侯爵様、急ぎの報告です」


 執務室の扉をノックもせずに飛び込んできた側近のレオンが、硬い表情で手紙を差し出した。


「ユトレヒト家の令息、ハーグが……」


「……彼がどうした?」


「本日、王宮のバラ園にて、ロッテ様に接触。……一方的な呼び止めと、会話の強要があったようです。周囲の貴族からも証言が」


「……は?」


 ダンク=ユーウエル侯爵の額に、普段見せない深い皺が刻まれる。


 冷静で通る彼の声が、一瞬だけ低く、冷え切ったものへと変わった。


「……彼は、何を考えている」


 この件に関して、王宮もすぐに動いた。既に宰相の耳にも入り、ユトレヒト家に対して非公式の注意が通達されているという。


 だが──それだけで済ませる気には、ならなかった。


「……ロッテには、もう話したのか?」


「いえ。メイ様とご一緒に庭園にいらっしゃるところを、中断するのは忍びなく……」


「正解だ」


 ダンクは椅子から立ち上がった。手には既に手袋と外套が握られていた。


 目指す先はひとつ。


 ──ユトレヒト伯爵家。


 ◇


 重厚な扉が開かれ、従者たちが慌てて通される。


「ユーウエル侯爵が、直々に……?!」


「通せ!」


 震える声に応じて、当主であるユトレヒト伯が現れる。威厳ある男だが、その目元には焦りの色が隠しきれていない。


「侯爵殿、これは一体──」


「……あえて、名指しで来たのだ。逃げも隠れもするなよ、ユトレヒト伯爵」


 ダンクの言葉は静かだった。だが、その静けさの裏に潜む怒気は、誰の耳にもはっきりと感じ取れる。


「まず初めに。お宅のご子息、ハーグ=ユトレヒト殿が、私の婚約者──ロッテ=ルダムデン嬢に不躾な接触を行った件について」


「……話は聞いております。だが、まだ若く──」


「若気の至りで済ませるには、余りに不敬であり、失礼千万だ」


 ダンクの青い瞳が鋭く細められる。


「私が怒っているのは、彼が再びロッテ嬢に接近したという事実だけではない。──彼女を、"取り戻せる"と高を括っていた、愚かな慢心に対して、だ」


 ユトレヒト伯は一瞬言葉を失った。ダンクは続ける。


「自ら婚約を破棄し、ルダムデン家に多大な損害と恥をかかせた。その代償としての慰謝料と、信用の喪失。貴家が今なお立っていられるのは、国家の寛容さにすぎない」


 足音が響く。


 ダンクが一歩、ユトレヒト伯に近づいた。


「それを承知の上でなお、貴家のご子息は、今のロッテ嬢を"取り戻せる"と本気で思っている。──それが、私は何より許せない」


「ダンク侯……」


「ロッテ嬢は、今や私の婚約者だ。そして、あの子メイの母になる人だ。彼女は、誰かの所有物ではない」


 怒りの言葉は鋭かったが、それ以上に、芯に温かさがあった。


 ロッテのことを、妻としてでなく、人として見ているからこそ、ダンクの怒りは真に迫っていた。


「……私の家の者が、娘にそういう目を向けていたとは、思っていなかった」


 ユトレヒト伯が、ようやく沈んだ声で呟いた。


 だが、ダンクはその言葉に目を細めただけだった。


「……謝罪で済むと思っているのなら、貴方は私より甘い。二度とロッテ嬢の前に、ハーグ殿を近づけるな。これは、"父親"としての忠告でもある」


「忠告……とは?」


 ダンクは静かに笑った。


 その笑みは、冷たく、揺るぎないものだった。


「私は、一度妻を失っている。──大切な人を守れなかった痛みを、貴方は知らない」


 ひときわ重く響く言葉に、ユトレヒト伯の顔が引き締まった。


「私は、二度と同じことを繰り返すつもりはない。ロッテも、メイも、これから私の家族になる。その家族を侮辱する者には──相応の報いを与える。それが、侯爵家の名にかけた誓いだ」


 静かに、宣告のように放たれた言葉。


 その場にいた全員が、ダンクの「本気」を感じ取っていた。


 ◇


 その日の夜、ロッテの部屋。


 静かにドアをノックし、ダンクは中へ入る。


「……あの、何か?」


「少し、顔を見たくなった。……大丈夫だったか?」


「ええ……メイちゃんと絵本を読んでいただけです」


 ロッテは変わらぬ微笑みでそう言った。


 けれど、わずかに沈んだ瞳の奥に、今日のことを思い出していることが見て取れる。


 ダンクは椅子に腰掛け、少しだけ目を閉じた。


「……ロッテ」


「はい?」


「何があっても、私は君を守る。君を"戻れる場所"などと考える者には、私が直接釘を刺す。だから、どうか……」


 彼は言葉を切って、続けた。


「もう、無理に笑わなくてもいい」


 ロッテの肩が、ふっと緩んだ。


 そして、ゆっくりとうなずく。


「……ありがとうございます。ダンク様」


 その夜、彼女の笑顔は、涙を帯びていた。


 それはきっと、守られることでしか得られなかった微笑。


 ダンクは改めて誓った。


 ──もう、彼女を一人にはしない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ