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第36話 ロッテとダンクの婚約の噂

『花祭りと、広がる噂』

 中央広場に咲き誇る花々が、午後の陽光にきらきらと揺れていた。甘く香る初夏の風が通りを抜け、人々の笑い声と音楽が混じり合う。


 今年の花祭りは例年以上の賑わいだった。特に、王都の中央広場には身分の高い貴族たちも姿を見せ、市民たちは美しく飾られた通りと、華やかな衣装に目を輝かせていた。


 その中でも、ひときわ注目を集めていたのは――


「見た? 今、ダンク=ユーウエル侯爵と一緒にいたの、ルダムデン家のロッテ嬢よ!」


「えっ、本当に? あのロッテ様って、卒業式に婚約破棄されたって噂の……?」


「そうよ。でも今はもう次の婚約者が決まったって、内々では話があるのよ。しかも、相手があの寡黙で有名なダンク侯爵だなんて……!」


 群衆の陰で、貴族の娘たちが囁き合う。


 広場の噴水のそばを歩いていたのは、ロッテ=ルダムデンと、その隣にいる赤髪の青年――ダンク=ユーウエル侯爵。そして、その間を歩くのは、銀髪の可愛らしい幼女、メイスィエだった。


 まるで家族のように自然な雰囲気で歩く三人の姿は、人々の目に鮮やかに映っていた。


「メイ、あの屋台で焼き菓子を買ってあげようか?」


「ほんと!? パパ、ママ、いっしょに食べよ!」


 子どもらしい無邪気な笑顔を向けるメイの言葉に、ロッテは一瞬だけ表情を曇らせるも、すぐに微笑んで頷いた。


「ええ、一緒にね」


 その様子を見ていたある貴族の婦人が、同じく噂好きの夫人にささやいた。


「もう“ママ”と呼ばせているのね。やっぱり、本当に婚約したのかしら?」


「王命だという話もあるけれど、あの様子じゃ、お互い本気なのかもしれないわ」


「そうね。ダンク侯爵が亡き奥様を愛していたのは有名だけれど……ロッテ様も大変な思いをされてきたし。きっと、お互いを癒やし合っているのね」


 この日から、宮廷の中で噂は一気に広まった。


 “ルダムデン家の才女、ダンク侯爵と婚約”


 “可憐な令嬢が、寡黙な侯爵の心を動かした”


 “再婚と知らずに恋に落ちた? それとも王命による政略か?”


 人々は憶測を交えながらも、ふたりの姿にどこか物語の続きを求めていた。


 その頃、ロッテとダンクは広場の隅、藤棚のある静かな場所に腰を下ろしていた。メイは手に入れた焼き菓子を大事そうに抱えて、小さな手でちまちまと食べている。


「噂、広まってるみたいですね」


 ロッテはぽつりと呟いた。言葉に刺があるわけではないが、どこか自嘲めいた響きがあった。


「……そうだろうな。こうして一緒に歩いていれば、目立つのは当然だ」


 ダンクの言葉は静かだったが、その目はどこか申し訳なさそうに揺れていた。


「もし、わたしのせいで……メイちゃんや、あなたに迷惑がかかるなら、すぐにでも距離を置くべきだと思ってます」


 ロッテの瞳には強さと不安が混ざっていた。婚約破棄されてなお、立ち上がってきた彼女だからこそ、今の穏やかな日々を壊すのが怖いのだ。


「迷惑だなんて、思ってない」


 ダンクはそう言って、ロッテの手にそっと自分の手を重ねた。その手は驚くほど温かくて、ロッテの心の中に染み込んでくるようだった。


「君が傍にいると、メイが笑う。それが、どれほどありがたいことか」


 ロッテは、ふと視線をメイに移した。焼き菓子の砂糖で指先をべたべたにしながらも、楽しそうにしているメイの姿がそこにあった。


「メイちゃん……」


「ママも食べるー?」


 メイは手にしていた焼き菓子のかけらを差し出してきた。それは少し崩れていて、もう砂糖のついていない端の部分だった。


「ありがとう。……うん、美味しい」


 ロッテはそれを一口で食べ、笑った。


 ふわりと、メイの笑顔が花のように咲いた。


「ねえ、ママ。おはなさいしょーのおどり、いっしょにおどって?」


「踊り……ですか?」


 ロッテが首を傾げると、メイは小さな手でロッテとダンクの両手を握った。


「パパとママと、三人で。みんなおどってるよ!」


 広場の中央では、音楽隊の演奏に合わせて人々が踊りの輪を作っていた。老若男女が手を取り合い、笑いながらステップを踏んでいる。


「……しょうがないですね」


 ロッテは立ち上がり、ダンクとメイに手を伸ばした。


「わたしたちも、行きましょうか」


 その言葉に、ダンクは微笑み、小さく頷いた。


 三人は輪の中へとゆっくり歩き出す。ロッテの銀髪が陽光に照らされて光り、ダンクの赤髪と、メイの小さな手が繋がれて揺れていた。


 人々はその光景に、言葉を失った。


 ──たしかに、あれは家族だ。


 誰かがそうつぶやき、やがてその言葉は、まるで祈りのように静かに広がっていった。


 この春、ひとつの家族が生まれようとしていた。


 たとえそれが“王命”という冷たいものから始まったとしても。


 その未来には、たしかにぬくもりがあった。

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