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婚約破棄の現場を眺めていたら、泣きながら会場から逃げ去る令嬢とぶつかって、流れ的に飲みにいったら忘れられない夜になった件!  作者: 山田 バルス


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第28話 ロッテの選択──マルセルとダンクの狭間で

:『ロッテの選択──マルセルとダンクの狭間で』

 ロッテ=ルダムデンの心には、かつてなかったほどの静かな波紋が広がっていた。


 ネーデラ王国の魔法学院を卒業し、婚約破棄という苦い過去を乗り越えて歩き始めた少女は、今また、一つの岐路に立たされている。


 ──誰の隣で、これからの人生を歩むのか。


 名門ナントリーヌ伯爵家の三男、マルセル=ナントリーヌ。学院でともに学び、困難なときに手を差し伸べてくれた優しき青年。真っ直ぐで、寡黙で、けれど誰よりも誠実なその人は、ロッテにとって「初めて恋を知った」相手だった。


 不器用で言葉が足りないこともあるけれど、ふとした瞬間に見せる笑顔や、不安を包み込む大きな手が、何よりも心強い。


 学院の寄宿舎で過ごした日々、魔法演習で支え合ったこと、星空の下で「これから」を語り合ったこと。どれも、彼との記憶として胸に残っている。


 ロッテは確かに、マルセルを想っている。彼と過ごす未来を思い描くこともできる。


 けれど、今、その想いをためらわせるもうひとつの存在があった。


 それが、メイスィエという名の少女を連れて現れた男、ダンク=ユーウエル侯爵だった。


 彼は、貴族としての気品と責任感を持ちながら、どこか世俗から離れた静けさをたたえた人物で、ロッテとはまったく異なる人生を歩んできた。寡黙で感情をあまり表に出さない彼は、娘であるメイを溺愛しながらも、どこか不器用に距離を保っているようだった。


 ──そして、メイスィエは、ロッテを「ママ」と呼んだ。


 その言葉に、ロッテの心は大きく揺れた。


 まだ幼い少女の手を取り、絵本を読み、夜の不安を一緒に乗り越える日々は、いつしかロッテにとっても、かけがえのないものになっていた。


 「マルセルの隣にいる未来」も、「ダンクとメイの傍で生きる未来」も、どちらも嘘じゃない。


 だからこそ、迷う。


 マルセルの傍であれば、ロッテは自由で、ひとりの魔法使いとして成長できるだろう。彼はロッテの意思を尊重し、対等な関係を築いてくれる人だ。彼の家族──も、きっとあたたかくロッテを迎えてくれるだろう。隣国なのでまだ会ってはいないが──。


 けれど、ユーウエル侯爵邸での日々は、まるで家族というものの在り方を再発見するような時間だった。


 父親を慕う娘。けれど、言葉にできない孤独を抱える少女。


 そして、その隙間をそっと埋めるように寄り添っていく自分。


 ロッテは、ただ恋をしているだけではなく、「誰かに必要とされる」ということが、こんなにも心を満たすものなのだと知った。


 ──愛する人と生きるか、愛してくれる子を守るか。


 母ムーダーの言葉がよみがえる。


「選ばなくてはいけないときって、あるのよ。どこで、誰と生きていくのか。誰の隣で、朝を迎えたいのか。そういうことを、きちんと考えなくちゃいけない」


 その夜、ロッテは眠れずに、窓辺で夜空を見つめていた。


 月明かりがカーテン越しに差し込み、彼女の銀髪をやわらかく照らす。


 思い出すのは、マルセルがそっと額にくれたキスと、メイが腕の中で眠りながらささやいた「だいすき」の言葉。


 どちらも、ロッテにとっては何よりも大切なものだ。


 けれど、選ばなければいけない。


 ──心が向かうのはどちらか。


 ロッテの中で、答えはまだはっきりとは形をとっていなかった。


 けれど確かなのは、彼女がただ「誰かに選ばれる」のではなく、「自分で選ぶ」覚悟をしようとしていることだ。


 ナントリーヌ家の恋人として、マルセルと手を取り合って生きる未来。


 ユーウエル侯爵家の母として、少女と家族になる未来。


 そのどちらを選んでも、きっと幸せになれる。だが、選ばなかった道には、きっと小さな痛みが残る。


 それでも、ロッテは迷いながらも、前を向こうとしていた。


 ──これは、少女が一人の女性として、大人になるための選択。


 明日の朝、また新しい一歩を踏み出すその前に。


 ロッテの胸の中には、静かな決意が灯り始めていた。

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