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婚約破棄の現場を眺めていたら、泣きながら会場から逃げ去る令嬢とぶつかって、流れ的に飲みにいったら忘れられない夜になった件!  作者: 山田 バルス


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第27話 ダンク=ユーウエル侯爵 メイを迎えに来る

『夕映えの客人』


 夕陽が西の空を赤く染め、ルダムデン邸のステンドグラスを透かして、食堂の床にやわらかな橙の模様を落としていた。静けさの中に、カツン、と硬質な靴音が響く。


「お邪魔している」


 重厚な扉が開き、赤毛の男が姿を現した。漆黒の瞳は冴えわたり、その佇まいには威厳が宿っている。彼こそ、メイスィエの父にしてユーウエル侯爵──ダンク=ユーウエルだった。


「ダンク様! ご足労いただきありがとうございます」


 ムーダーがすぐに立ち上がり、深々と頭を下げる。その横で、メイがぱっと表情を輝かせた。


「パパーっ!」


 小さなドレスの裾をつまみながら駆け寄るメイを、ダンクはひざをついて受け止め、そっと抱きしめた。その冷静な顔が、ほんの少しだけ緩む。


「……寂しくなかったか?」


「うん! ママと、おばあちゃんと、おじいちゃんと、みんなでスープ食べたの!」


 無邪気に笑う娘の声に、ダンクは一瞬目を細め、それからロッテに視線を移す。ロッテは微笑んで頷き返した。


「……ありがとう。娘を、よくしてくれて」


「いいえ。わたしも、うれしかったです」


 そのやりとりを見ていたエルマー伯爵が、ふいに咳払いをした。


「ユーウエル侯爵、せっかくいらしたのだ。よろしければ、夕餉をご一緒なさいませんか?」


 ロッテは思わず父を見た。寡黙なエルマーが客を夕食に誘うなど、滅多にないことだ。


「ご厚意に甘えるのは恐縮ですが──」


「遠慮など無用。……孫を持った気分を味わわせてもらった礼だ」


 思いがけない言葉に、ムーダーも目を丸くして、それからすぐににっこりと微笑んだ。


「お席はすぐにご用意しますわ。ダンク様、お好き嫌いはありますか?」


「ありません。何でもいただきます」


「じゃあ、特製のグリルを出しましょう。ロッテ、また手伝ってくれる?」


「はいっ!」


 ロッテがエプロンを手に取り台所へ向かうと、メイはその後ろ姿を目で追った。


「パパ、ママすごいの。お料理も、お洋服も、みーんな上手!」


「……そうか」


 娘の誇らしげな顔に、ダンクは目を細める。静かに、けれど確かに微笑んだ。


 ほどなくして、グリルされた子羊肉に香草のソース、季節野菜のラタトゥイユ、温め直したポタージュが食卓に並べられた。


 ムーダーがナイフを持ち、柔らかく焼かれた肉を切り分ける。ロッテが丁寧に盛り付け、エルマーがグラスに葡萄酒を注いだ。


 ダンクは静かに食事を口に運び、やがてメイの話に耳を傾けた。


「ママね、わたしに紫のお洋服くれたの! おそろいだったの!」


「それはよかったな」


 穏やかな口調で答えるダンクの顔は、以前より少し柔らかかった。その視線がムーダーに向けられる。


「……メイが、こうして笑っていられるのは、皆さまのおかげです。ありがとうございます」


「何をおっしゃいますの。家族でしょう?」


 ムーダーの自然な言葉に、ロッテが小さく目を見張る。そして、そっと声を添えた。


「そうです、家族です。わたしたちは、きっと……これから、もっと一緒に過ごすことになると思います」


 黒曜石のようなダンクの瞳が、ロッテをまっすぐに見つめる。


「……それは、願ってもないことだ」


 ロッテは微笑み、小さく頷いた。赤く染まった夕陽が、テーブルの上をやさしく包み込んでいた。


 やがて食事が終わると、ダンクは立ち上がった。


「そろそろ、帰らないとな。メイ、支度を」


「えー……もうちょっとだけ、いたい」


 メイがロッテの手をぎゅっと握る。その小さな手を、ロッテはやさしく包み込んだ。


「また、すぐに会えるよ。次は……こっちから会いに行くから」


「ホント?」


「約束」


 ピンク色の約束指切りが交わされ、メイはようやく笑顔になる。


 門の前まで送り出すとき、ロッテとダンクはふたりきりになった。


「……改めて、ありがとう。ロッテ」


「いえ。わたしも、ダンク様に感謝しています。メイを……わたしに、会わせてくださったから」


 風が夕暮れの庭を吹き抜ける中、ダンクは一瞬黙り、そして低く答えた。


「……メイのあんな甘えた顔を見たのは久しぶりだった。本当にありがとう」


 ロッテの胸が、あたたかな想いで満たされていく。


「……また、お会いできるのを楽しみにしています」


「ああ。また、すぐに」


 馬車が遠ざかるのを見送ったあと、ロッテは深く息を吐いた。橙色の光が静かに消えかける空の下、ルダムデン邸には、新しい絆の気配が満ちていた。





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