第26話 ダンクとフェリクス三世陛下、ロッテについて語る
王都の春は、穏やかな陽射しと花の香りに包まれていた。王城の奥深くにある静かな庭園では、色とりどりの花々が咲き誇り、白い小道に影を落とす枝々が風に揺れている。
その庭の一角、白い石造りのベンチに、ダンク=ユーウエル侯爵は静かに腰を下ろしていた。手には銀のティーカップ。そしてその隣には、ネーデラ王国の現国王、フェリクス三世陛下の姿があった。
「で、ロッテ嬢との方は、どうだ?」
柔らかな陽光の下で、国王はややからかうような笑みを浮かべて尋ねる。ダンクは少し眉を上げ、控えめに笑って答えた。
「ええ、すぐに……打ち解けてくれています」
「ほう?」
「娘もすっかり懐いてしまいまして。ロッテ嬢のことを“ママ”と呼んで離れません」
フェリクスは目を見開き、それから声を上げて笑った。
「それは、それは! あの内気だったお前が、まさかここまでとは。まるで若返ったようじゃないか」
「……からかわないでください。私はただ、彼女の傷を癒せればと、それだけで……」
「ふむ、真面目なことだ」
国王は頷き、少しだけ顔を近づける。
「だが、肝心の本人はどうなんだ? ロッテ嬢は、お前のことをどう思っているのか」
「正直、まだ……分かりません。ただ昨日、屋敷に来てくれました。娘と一緒に食事をして、絵本を読んで、寝かしつけまで……。それでも嫌な顔一つせず、最後まで付き合ってくれたんです」
「……それは、なかなかできることではないな」
フェリクスの表情が少しだけ柔らかくなった。
「そのとき、思ったんです。ああ、この人となら……また家族を築いてもいいのかもしれないって」
「ロッテ嬢も、それを望んでいると思うか?」
「彼女は、まだ心の整理がついていない様子です。ハーグとの婚約破棄、その余波もあるでしょうし……けれど、私や娘との時間を大切にしてくれていることは、感じています」
「それでいい」
フェリクスは微笑み、紅茶を一口含んだ。
「焦るな、ダンク。時間をかけて築いたものの方が、強いものになる。ロッテ嬢のことも、お前の誠意に触れれば、自然と心は動いていくさ」
「……ありがとうございます」
その言葉が、じんわりと胸に染みる。ダンクはふと遠くの花壇を見つめながら、静かに語った。
「ロッテ嬢は、亡き妻レックと、従妹なのですごく似ているんです。髪の色から紫の瞳の色まで、そうすべての雰囲気が、若き日の妻に似ているのです。気遣いができて、他人のために無理をしてしまうところまで……」
「そうだったな。あのふたりは従妹だったな」
「はい。娘もロッテをすぐに気に入りました。……まるで、本当に母親のように」
「では、次はどうする?」
国王がやや身を乗り出すようにして訊ねる。
「まずは、あちらのご両親に正式な挨拶をと思っています。公的な縁談というより、ひとりの男として──家族として、共に生きたいと、そう伝えたい」
「それが聞きたかった」
国王フェリクスは満足げに大きく頷いた。
「お前がロッテ嬢の心に誠実である限り、余はこの再婚を心から支持しよう。……いや、支持するどころか、楽しみにしていると言った方が正しいかもしれんな」
「陛下……」
「何せ、あのユトレヒトの愚か者を見返せる千載一遇の好機だ。これほど愉快なことはない」
ダンクは苦笑しながらも、小さく頷いた。
「ええ……この手で、もう一度、ロッテに笑顔を取り戻させたい。そのためなら、何でもやってみせます」
「それでこそ、ダンクだ」
風が二人の間をすり抜けていく。花々の香りとともに、遠くから子どもたちの笑い声が聞こえてきた。
まだ知らぬ未来は、きっと優しく、あたたかく、ふたりを包んでくれるだろう。




