第25話 ルダムデン邸の小さなお客様
『陽だまりの再会』
ルダムデン邸の門が開いたとき、朝の光がちょうど石畳に差し込み、淡い金色の靄が一面に広がっていた。
「ここが、ママのおうち……?」
メイスィエ──メイは馬車の窓から顔をのぞかせ、目をまんまるくして屋敷を見上げた。白い壁に蔦のからまる古風な建物、それでも手入れは行き届いていて、庭の花壇には春の花々が咲き誇っていた。
「うん。わたしの家……ようこそ、ルダムデン邸へ」
ロッテが微笑むと、メイはうれしそうに頷いた。
玄関扉が音もなく開き、すぐにムーダーが姿を現した。銀髪を美しく結い、紫の瞳をやさしく輝かせている。その後ろには、エルマー伯爵も控えていた。
「ロッテ、おかえりなさいませ──まあっ!」
ムーダーは、ロッテの隣に立つ少女に気づき、はっと息をのんだ。
「この子は……」
「ご紹介します。メイスィエ=ユーウエル、通称“メイ”です。従姉のレッカ姉さまの娘さん……わたしの、大切な子です」
その言葉に、ムーダーの目が潤んだ。
「レッカの……! まあ……まあ……!」
彼女は手を広げ、そっとメイを抱きしめた。驚いて固まっていたメイだったが、しだいに力を抜き、ムーダーの胸に顔をうずめた。
「なんだか……あったかい」
ムーダーの頬を涙が一筋伝い落ちる。
「あなたのママ……レッカは、私の姪でしたの。だからね、メイ。あなたは私の孫のようなものなのよ」
「わたし、おばあちゃんできたの?」
「ええ。そう思ってもらってかまいませんよ。今日から、いっぱい甘えてちょうだい」
そのやりとりを見て、ロッテは胸がじんわりと熱くなった。思いがけず、家族が増えたような──そんな気持ちだった。
「お父様、この子がレッカ姉さまの……」
「うむ……メイスィエちゃんか。よう来たな。ゆっくりしていきなさい」
伯爵は照れたように目元をほころばせ、メイの頭をぽんぽんと撫でた。普段は厳格な父が、こんなにもやさしい顔をするなんて。
「お父様、ありがとうございます」
「娘のためになるなら、何でもするぞ。……それが、父親というものだ」
その言葉に、ロッテは思わず目を伏せる。あの日、卒業式で婚約破棄されてしまった彼女を、こうして家族は変わらず受け入れてくれた。そして、いまは──メイまでも。
「さ、さっそくお昼にしましょう! メイ、スープは好き? それともパン?」
「スープっ! あと、あったかいやつ!」
「ふふ、じゃあ特製のポタージュを用意させるわ。ロッテ、手伝ってくれる?」
「もちろんです、お母様」
キッチンにはすでに香ばしい匂いが満ちていた。テーブルには小さな花瓶が置かれ、白いリネンが陽光を反射している。
やがて食卓に並んだのは、野菜のポタージュ、焼きたてのパン、ハーブチキン、そしてロッテの大好物だったベリーのタルト。
「これ、ママの好きなやつ?」
「うん。子どものころ、よくお母様が作ってくれたの」
「……あのね、わたしもママと同じのが、好きになってもいい?」
「もちろんよ。メイが好きなら、何でも」
そう言って、ロッテはスプーンでスープをすくい、そっとメイの皿に注いであげた。
食事のあとは、ロッテの昔の部屋へとメイを案内した。そこは今でもきれいに整えられていて、壁には星の飾りが吊るされていた。
「ここ……ママの部屋?」
「そう。でも今は、メイのためにお洋服を見せようと思って」
クローゼットを開けると、そこには幼いロッテが着ていたドレスやリボンが整然と並んでいた。ムーダーが手に取ったのは、ラベンダー色のワンピースだった。
「これなんて、メイにぴったりじゃないかしら。ちょっと試してみましょう」
「えっ、いいの?」
「もちろんよ、あなたは家族ですもの」
メイは、少し照れくさそうに頷いて、洋服を受け取った。そして、数分後──。
「わあ……!」
紫のドレスを身にまとったメイが現れると、部屋の空気がふわっと華やいだ。
「似合ってる……!」
「ホントに? ロッテとおそろいみたい……!」
「昔、わたしも同じ服を着たの。そう考えると、なんだか不思議ね」
ロッテはメイの手を取り、一緒に鏡の前に並んだ。そこには、まるで姉妹のように微笑むふたりの姿が映っていた。
「ママ、ありがとう。わたし、ここに来てよかった」
「わたしこそ、ありがとう。メイが来てくれて……とても、うれしい」
その言葉に、メイは小さく頷いたあと、そっとロッテの腰に抱きついた。
「これからもずっと……ママって、呼んでいい?」
「……うん。今夜も、明日も、いつまでも呼んでいいよ」
陽だまりの中で、ふたりはそっと笑い合った。
──ルダムデン邸に、新しい風が吹いていた。