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第15話 ふたりで見つける小さな未来

『ふたりで巡る湯けむりの町、ふたりで見つける小さな未来』

 市場での朝食とお土産選びを終えたマルセルとロッテは、一度宿へ戻って荷物を置くと、そのまま再び温泉街へと足を運んでいた。


 木造りの街並みが続く坂道には、湯けむりがあちこちに漂っていて、道沿いには風情ある足湯や、手湯、そして季節の草花を飾った茶店などがぽつぽつと並んでいる。


「うわぁ……ここ、雰囲気あるね」


 ロッテ=ルダムデンは、小さく感嘆の声を上げて歩く速度を落とした。


 足元は、昨日市場で買った可愛らしい木製の下駄に履き替えていて、ぽっぽっ、と小さな音が石畳に響いていた。腰まで流れる銀髪には、朝市の屋台でマルセルがこっそり買った青いかんざしがささっている。


「……似合ってますよ。ほんとに」


「えっ?」


「いや、その髪飾り。さっきの市場で買ったやつ。渡すのはちょっと照れましたけど……やっぱりロッテさんに似合うなって」


「……っ、い、いきなり褒めるのやめて。まだ慣れてないんだから」


「……すみません。でも、本音ですから」


 マルセル=ナントリーヌは、眼鏡の奥の優しい瞳で微笑んだ。


 彼は今日、少しだけ眼鏡の位置をずらしていた。いつもより素顔がよく見えるその表情は、少し照れくさそうで、でもどこか穏やかだった。


「それにしても、温泉街って意外と見どころ多いんだね」


 ロッテが手にした観光案内の地図を広げながら、指でいくつかの場所を示す。


「えっと、まず“願かけの湯神さま”っていう神殿があって、その先に“愛の鐘”っていうスポットもあるんだって」


「……観光客向けの名前ですね、それ」


「でも、なんか面白そうじゃない? せっかくだし、行ってみよ?」


「ロッテさんがそう言うなら、ボクはどこでも」


「うん、じゃあ出発!」


 坂を上ると、小高い丘の上にある小さな石造りの神殿が見えてきた。


 湯気の立ち込める中、真鍮の鈴が風に揺れて、からん、と優しい音を鳴らしている。


「これが“湯神さま”かぁ……ちゃんと手を合わせるんだよ?」


「はいはい。ロッテさん、そういうの好きですよね」


「こう見えて、信心深いんだから」


 ふたり並んで手を合わせ、そっと目を閉じる。


 マルセルは願った。――この先も、彼女の笑顔を守れるように、と。


 ロッテも願った。――もう過去には縛られず、自分の足で歩けますように、と。


 願いを込めて鈴を鳴らし、二人は神殿をあとにする。


 そのすぐ横には、小さな展望台があった。町全体を見下ろせるその場所には、ひとつの大きな鐘がぶら下がっている。


「これが、“愛の鐘”……なんかロマンチックじゃん」


 ロッテが笑ってそう言うと、マルセルは少し顔を赤くして、口元を手で隠した。


「えっと、これ、鳴らすんですか?」


「書いてある。『願いをかけて鳴らせば、ふたりの縁は永遠に結ばれる』……だって」


「ふたり……の縁、ですか」


 マルセルがぼそっと繰り返す。


「……せっかくだし、鳴らしてみよ?」


「……はい」


 二人はそっと鐘の紐に手を添えた。


「せーの、で」


「せーのっ」


 ゴーン……と深く澄んだ音が、空に響いた。


 その音は、どこまでも透き通って、ふたりの胸の奥にまで届いてくる。


 どこか少し照れくさくて、でも――忘れたくない音。


「……ほんとに、永遠になれたらいいのにね」


 ロッテがぽつりと言うと、マルセルは頷いた。


「ボクは、ずっと一緒にいたいと思ってます」


「……うん。わたしも」


 展望台を降りた二人は、そのあと温泉卵を食べたり、風鈴細工の店を覗いたり、小さな動物を飼っている店先でウサギに餌をやったりと、まるで小さな子どもみたいに観光を楽しんだ。


 歩き疲れて、最後に寄ったのは――町の一角にある、足湯。


「わぁ……気持ちいい……」


「本当ですね。こういうの、初めてです」


 ふたり並んで足を浸し、ほっとひと息つく。


 旅の間ずっと、ロッテの笑顔が絶えなかった。


 けれど、今ふいに静かになった彼女が、そっと口を開いた。


「……ねえ、マルセル。戻ったら、どうするの?」


「王宮魔法団に配属されます。四月から。……ロッテさんは?」


「まだ……考えてる。今はまだ……ひとりになりたくて」


「……だったら、しばらくボクの近くにいませんか?」


 マルセルのその言葉に、ロッテはゆっくりと彼を見た。


「え……?」


「婚約とか、そういう正式な話は、もう少し先でもいい。でも、ボクは今、誰よりもロッテさんと一緒にいたいんです」


 まっすぐな瞳だった。


 言葉に嘘のない、真っ直ぐすぎる人だった。


「……バカ。ちゃんと覚悟してるくせに、そういうところで優しいのずるい」


「ロッテさん……」


「うん。そばにいる。……ちゃんと、自分で選んだ道だから」


 湯気の向こうで、ふたりの手がそっと重なった。


 この町で過ごす時間が、思い出になる頃。


 ふたりの未来は、少しずつ形を帯びはじめていた。

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