表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/21

第1話 卒業式に婚約破棄されたロッテ=ルダムデン伯爵令嬢

 『魔法学院、最後の一幕』

 晴れ渡る青空の下、ネーデラ王国魔法学院の広場には、卒業生たちの笑顔が溢れていた。銀糸を織り込んだマントが陽にきらめき、魔法石で飾られたタクトが記念品として手渡されていく。華やかな卒業式。その中央で、ひとつだけ異様な空気が漂っていた。


「これ以上、俺様は君と婚約関係を続けるつもりはない。悪いが、今日で終わりだ」


 その言葉に、会場の空気が凍りついた。


「……なに、言ってるの……?」


 ロッテ=ルダムデン伯爵令嬢。銀髪をきっちり結い、理知的な眼鏡越しに目を見開いていた。彼女の横に立つのは、かつての婚約者、ハーグ=ユトレヒト。銀髪の美青年にして、オレ様気質の伯爵家の嫡男。式典の途中、突然の婚約破棄宣言だった。


「俺様、もうアインと付き合ってるから。あいつの方がよっぽど魅力的でさ?」


 そう言って彼が肩を抱いたのは、ピンクの髪を軽やかに揺らした少女。アイン=トホーフェン、男爵家の令嬢。にやりと笑って言う。


「だってぇ、ロッテってお堅いんだもん。男の人、楽しませなきゃ♡」


 会場がざわつく。教師たちは困惑し、生徒たちは動揺し、ロッテの目元にじわりと涙が浮かぶ。


「……一年後に、結婚するって……約束してたじゃない……」


「そんなの、気が変わったんだよ。俺様のせいにすんなよな?」


 その瞬間、ロッテは耐えられなくなった。誇り高き彼女の頬に、一筋の涙が伝い落ちる。


「……やめて……もういい……っ」


 振り返り、駆け出した。銀髪が宙に舞い、ドレスの裾が風を切る。群衆の視線を引き裂くように、ロッテは会場から飛び出して――。


「――きゃっ!」


 誰かに思い切りぶつかった。


「あっ、だ、大丈夫ですか……?」


 低く、どこか気の弱そうな声。ぶつかった相手は、金髪に分厚い眼鏡をかけた男子生徒――マルセル=ナントリーヌだった。物静かで目立たない、けれど学院でも知る人ぞ知る天才魔術師。実は隣国の伯爵家の三男で、わけあって留学中だったという噂もある。


「ご、ごめんなさい……! いま、わたし……っ」


 ロッテは足元を見て顔をしかめた。どうやら、転んだ拍子に足を捻ってしまったらしい。小さく呻きながら地面にしゃがみ込む。


「足……ひねったみたいですね。すぐに医務室に……」


 マルセルはおろおろとしながらも、そっとロッテの腕を取ろうとする。彼の手は冷たくも、どこか優しかった。


「ダメ……式場に戻るなんて……いやなの……」


 ロッテはかぶりを振った。人の目が痛い。あの場に戻れば、また笑われる。噂される。傷が、広がってしまう。


「わかった……じゃあ、外に出ましょう。ボクが支えますから」


 マルセルは眼鏡の奥で静かに目を細めた。ゆっくりと、彼女の体を支える。ロッテの体重を感じても、嫌な顔一つせず、むしろ少し照れたような仕草を見せるマルセルに、ロッテは一瞬だけほっとした。


 学院の門を抜けると、夕暮れが街を金色に染めていた。ロッテの歩幅に合わせて、マルセルはゆっくりと歩いた。街角に立つ、木造の看板。その文字がマルセルの視界に飛び込んだ。


 《蒼月亭 魔酒とハーブの宿酒場》


「……ん……」


 マルセルが小さく喉を鳴らした。無意識に、口元がゆるむ。彼の頬がわずかに赤くなる。


「……飲みたいの?」


 ロッテがふと、尋ねた。マルセルは慌てて視線を逸らした。


「い、いえっ、そんなことは……! た、ただ、ちょっと看板が……気になっただけで……!」


「ふふ。いいよ、わたし、おごってあげる」


「えっ……?」


 ロッテは歩きながら微笑んだ。さっきまで泣いていたとは思えない、凛とした微笑みだった。


「わたしも今日は……ボロボロになって飲みたい気分なの。だから、付き合ってよ。……先に酔いつぶれたら許さないから」


「は、はいっ……!」


 マルセルは思わず背筋を伸ばした。そして彼女の肩を支えたまま、ゆっくりと蒼月亭の木戸を開いた。


 チリン、と澄んだ鈴の音が鳴った。夕暮れと、木の香りと、ほんのりと漂うハーブ酒の香りが、彼らを迎え入れた。


 不思議な二人の、忘れられない夜が――始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ