5 棄権
颯は現在、前回のレースの転倒により腕を負傷していた。
復帰はもうしばらくかかりそうだが、特に後遺症もなく、大事を取ってその後レースにはしばらく出場せず、回復に向け筋力トレーニングをしていた。
颯流に同級生の女の子への鈴鹿8耐のレース案内を頼まれた時は、颯流からちょっとしたお小遣いももらえるし、男よりはお姉さん達と知り合いになるのも悪くないと思い、二つ返事で引き受けた。
結香はある程度いつも群がってくる知ったかぶりの女の子達と同じ感じだったが、春田 雫の方は、自分の説明に対して知っているという言葉や相づちは一言も発しなかったため、まずはバイクについて、イチからというよりマイナスくらいからのレベルで講義を行った。
二番目の兄、颯流が興味を持った女の子が、一体どんな子なのかと、一番上の一颯に聞かれた時、颯は回答に困ってしまった。
「あーいい人だよ。バイクのことは全然知らないけど、まぁ、優しい雰囲気の」
颯がこれ以上、何も言わなかったため、一颯としては
特に取り立てて何かある女の子と言うより、颯流は見た目が気に入ったのかな
と思っていた。
颯流と共に8耐のレースに向けて調整を続けていた一颯は、雫や結香とレースまでに直接会うこともなく、雫達が一颯を見たのは、8耐本番で走る姿が初めてだった。
そして、今年の8耐。
一颯と颯流のチームは、開始から6時間17分後、マシントラブルにより、無念の棄権という結果に終わった。