38 完走
完走を終えた勇者達の凱旋が終わり、颯流はピットに戻ってきた。
弟と一度、軽く拳を付き合わせたその後は、ピットにいる全員に激励を受け、颯流は揉みくちゃにされた。
「あれ?颯は?」
しばらくしてピット内が落ち着いた頃、皆は姿が見えなくなった颯を探したがみつからなかった。
「こんな時にどこ行ったんだよ、あいつ」
と監督がぼやく。
颯流は苦笑いを浮かべると、この時、全ての堪えていた感情があふれ出した。
颯流はやっとここで涙することが出来た。
歓喜に沸く仲間達に埋もれ、泣いても許される時が来たことで、怒りと哀しみが、虚無と安堵が次々に押し寄せるように、涙は止めどなく流れた。
バカ一颯
8耐完走してやったからな
サッサと俺を祝いに来い!
そして、サーキットの夜空に花火が咲いた。
「しず……さ……どこ……るの?」
花火の音で、電話の声は掻き消された。
雫は答えたが、お互いほぼ、何を言っているかわからなかった。
初めて見た8耐は、一颯と颯流がリタイヤで、花火を見ても二人の気持ちを考えると、心からは楽しめなかった。
2回目の記憶はあまりない。
一颯を失い、花火を見ることはなく、もう二度とこの場所には来ないと思っていた。
そして
「あの時と一緒だって覚えてます?」
花火が終わり歓声が止んだ途端、後ろから声がした。
雫が振り向くと、ライダースーツを着た颯が立っていた。
「カケ兄がチケットをプレゼントして、僕がサーキットを案内して。雫さんが初めて兄達の8耐を見に来た時と、同じ席」
雫は頷くと、その席から立ち上がった。
「颯くん、完走おめでとう。頑張ったね」
雫の言葉に
「そうですね。まぁ、ちょっと最後、ピットまで押して戻るの大変でしたけど。なんとかマシンも直してもらって、カケ兄に繋げられて良かったです」
と颯は苦笑した。
「颯くんがピットに戻ってくるの、ここで待ってたの。一颯さんも……見てるんじゃないかと思って」
「そうですね。一颯兄は、たぶん、雫さんがここに来たこともちゃんと見てるはずですよ」
「一颯さん……どう思ってるかな」
雫は静かに呟いた。
「たぶん、弟達の活躍はほっといて、雫さんをベタ褒めしてるんじゃないかな。頑張って来てくれたんだねって」
雫は笑った。
久しぶりに少し晴れやかな気持ちになった。
そして、その途端、涙があふれた。
雫は涙を拭いながら
「一颯さんのことは忘れないけど、颯くんと一緒に少し前を向いて生きてみようかなって言ったら、なんて言うかな」
涙声の雫に、颯は優しく笑いかけた。
「たぶん『そうして』ってお願いされると思いますよ」
この後、颯は少しだけ考えると
「ただね、カケ兄の時みたいに、陰で後悔して、僕にやきもち妬いて……なのに雫さんのことを思って、我慢して普通に振る舞うんじゃないですかね。『颯、頼むな』とか言いながら」
と、呆れたかのように呟くと
「あの一颯兄の優しさは、かなりの強敵ですからね。まぁ、でも僕も頑張りますよ。言ったでしょ。兄達より速く走るって。それって、バイクのことだけじゃないですから。早く大人になってやりますよ。兄を追い抜いて雫さんを守れるくらいにね」
雫は再度、涙を拭うと
「本を送ってくれたの。颯くんだよね。……ありがとう。あれを読んだからここに来れたの」
とお礼を言った。
「厳密に言うと僕じゃないですよ」
雫は少し戸惑うと
「…颯流くん?」
と尋ねた。
「それも、まぁ、間違いではないですけど」
颯の含みを持たせた言い方に、雫はわからなくなってしまった。
「やっぱりまだまだあの人にはかないませんね」
颯は負けて残念といった表情を浮かべた後
「雫さんに本をプレゼントしたのは、本の作者ですよ」
と答えた。
「作家の渡来 一颯が、あなたに贈ったんです」




