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37 慟哭

 (そう)(しずく)の母に頼み込み、雫の部屋に足を運んだ。


「雫さん、起きて。食事とろう。身体に悪いよ」


 颯が声をかけても、雫はベッドに顔を埋めたままだった。


 颯はこのままではいけないと思った。

 何とかこの状況を変えなければならないと思った。


 そして、颯はいつか話さなければならないと考えていたことを伝えることにした。


 颯は雫の方に再度、顔を寄せると


「ねぇ、雫さん」


と、呼びかけた。


「僕はあなたのことが、一人の女性としてずっと好きなんだけど、気付いてる?」


 突然の衝撃的過ぎる内容に、さすがに雫の耳にもそれは届いた。

 ただ、思考が追いつけなかった。

 声すら出ず、聞き間違いをしてるんだと思った。


 颯は


一颯兄(いぶきにい)さぁ、あの人、バカだよね。あなたのことが好きだったクセに、カケ兄の気持ちを思って、一旦、身を引こうとしたんでしょ。まぁ、最終的にはあなたと付き合ったけど」


 颯は「ホント優し過ぎて仕方のない兄だよね」と独り言のように呟いた。


「あの人さ、今、ここにいて、僕があなたのこと好きなの知ったらどうすると思います?自分も雫さんのことがメチャクチャ好きなクセに、やっぱり僕に一度くらいチャンスくれそうな気がしないですか?」


 雫は答えられなかった。

 でも


 本当に、一颯さんならそうするかもしれない


と思ってしまった。

 しかし、そうなっても、自分が大切にされていないとは感じなかっただろう。

 そんな、優し過ぎる一颯さんを含めて愛おしく思ったのだから。


「僕ね。カケ兄みたいに、一颯兄のこと忘れろって、雫さんに言わないです。カケ兄は、忘れることが雫さんのためだって……。それはそれで、カケ兄は雫さんのこと本気で心配してるから。だから間違いだとは僕は思いません」


 そう言うと、颯は横たわる雫の肩にそっと手をかけた。


「ただ、僕は、雫さんには一颯兄のこと、できたら一生忘れないでほしいと思っています。兄はあなたのことが本当に好きだった。わかってるでしょ?だから僕は、一颯兄のことが好きなままのあなたも好きです。僕も兄のこと忘れることなんてあり得ないですし。だから、僕を最終的に選んでもらえなくてもいいんで。ただ、今は、一緒に生きてみませんか」


 颯は少し間をあけると


「どうしようもなく優し過ぎるバカな兄貴が、僕に一度だけチャンスをくれたと思って、ちょっとだけ一颯兄の優しい小細工に付き合ってやってもらえませんか」


「あなたの中にいる一颯兄と、そしてあなたと、僕で。少しだけ前を向いて生きてみませんか」


「一颯兄の性格なら、たぶん今、それを一番望んでいると僕は思います」


 雫は少し身を動かした。

 颯が肩に置いた手を離すと、雫はベッドから上半身を起き上がらせた。

 そして、泣き腫らした顔を颯に向けた。


「ごめんなさい……。颯くんだって辛いのに…お兄さんなんだから。なのに……私だけが辛いんじゃないのに。ごめんなさい……」


 颯は困ったように微微笑み


「今、僕は遠回しにふられたってことかな」


と、わざと明るく返すと


「ねぇ、雫さん。あの一颯兄は、どうやってあなたに告白したの?」


と言って、今度は本当に笑った。


「あの兄貴が、どうやってあなたを落としたのか知りたいな……」


 そう言うと、颯は黙った。

 そして、さきほどまでとは打って変わったように、悲痛な表情を浮かべた。


「雫さん。僕の知らない一颯兄のこと、教えてもらえませんか。兄のこと……僕も知りたいんです」


「一緒にあの人の話をしましょう」



 雫は思い出していた。


「私、その時、一颯さんを守ろうって思ったの」


「うん」


と颯は答えた。


「でも、守れなかった」


 雫のその言葉に、颯は首を少し横に振った。


「そんなこと無いですよ」


「だって、守れなかったじゃない!」


 雫は声を上げた。


「あの人は優しくて、強くて。でも繊細で、とても弱いところがあって。私。何も出来なかったの!まだ何も出来ないままだった!なのに……」


 泣き崩れながらも、雫は


「ごめんなさい。私、八つ当たりして……。やっぱり、ダメ。こんな話……颯くんに……甘え過ぎてる」


と目を伏せた。


「大丈夫ですよ、僕は。言ったでしょ、兄が好きなあなたも好きだって」


 雫は、颯の顔を見ることが出来なかった。

 努めて冷静に振る舞おうとした。

 しかし、頭では理解出来ても、心が追いつかなかった。


「本当はわかってるの……」


 そう呟いた途端だった。

 ただここでは『感情』というものだけが雫に一気にのしかかり、その全てを支配した。


「終わらせなきゃいけないの。前を見なきゃいけないの。この目で……行って、ちゃんと見ないといけないの。わかってる。でも行けない!……私には無理!8耐にはもう行けない!どうして?どうしてなの!?」


 雫は苦しげにそう叫んだ。

 颯は今度は雫を支えるように肩に手を回すと、優しくポンポンと叩いた。


「一颯さん!一颯さん!!そばに来て、早く!お願いだから……会いたいの!」


 雫が顔を覆い、一颯を呼ぶ悲痛な声に、颯は唇を噛んだ。


「一颯さん!どうして!どうしてなの!」


 雫の心からの叫び声が辺りに響いた。


「何で死んじゃったのよ!!」





 午後7時30分


 チェッカーフラッグが空を切り裂くように、激しく振られた。

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