31 喧嘩
「はっきりしろよ!」
颯流は部屋に入ってくるなり、一颯に掴みかかった。
一颯は胸ぐらを掴む颯流を「何だよ、いきなり!」と言って引き離そうとするも、颯流は離そうとはしなかった。
結香はこう言っていた。
「私、雫のこと思うと、どうしても一颯さんが許せないことがあって。まぁ、もう最終的に『気持ちが無い』って振るのは、それは仕方がないとしても……」
結香は「颯流くんは、このこと聞いてるかどうか知らないけどね」と前置きをした後
「よりによって、『弟と付き合ってみたら』なんて、雫に言う必要ないと思う」
「お前、俺のせいにすんのかよ!」
「ちょっと待てって、何をお前のせいに……」
と一颯が言った途端「ふざけんな!」颯流は強烈な一発の拳を、一颯の頬に打ち込んだ。
吹き飛ばされることはなかったものの、さすがの一颯も、頬の中や唇を切るほどの当たりに我慢出来ず、颯流の襟元の服を掴み返すと勢いよく壁に押し付け、引っ張り上げるようにして
「何すんだよ!」
と叫んだ。
「ちょっとあんた達何してるの!」
母が階下からすぐに駆けつけるも、子供の時のケンカのように割って入れるような状態ではなく「お父さん!颯!早く来て!」と助けを呼んだ。
「お前!中途半端なことして、かき乱してんじゃねーよ!」
怒った颯流は手が付けられないことは、母もよくわかっていた。
「お前達何してんだ、やめろ!」
「落ち着けよカケ兄!」
階段を駆け上がってきた父と颯が必死で暴れる颯流を羽交い締めにし、母が身を盾にして一颯との間に割って入るように立ち、何とか互いを制止させた。
昔ならいざ知らず、こんなに大きくなってから久しぶりに取っ組み合いのケンカを見た母も動揺し
「もう、あんた達。ホントお願いだから、こんなの止めてちょうだい!一体何があったっていうの?」
と尋ねるも、二人は黙ったままだった。
颯流は聞いても答えるわけがないと踏んだ母親は
「一颯、何があったの?」
と聞くも、過去、いつも兄という立場から、自分から理由を話し出していた一颯が
「……何でも無い」
と小声で言うと「いってっ」と頬を押さえ、唇の血を手で拭いながら階下に降りて行った。
心配する両親と、むくれたように座り込む颯流に向かって、颯はこの状況を打破するため、落ち着いた様子で
「どうせ、雫さんのことで揉めたんでしょ」
と、強烈な一言を放った。
「颯、お前、しゃべんな!どっか行け」
颯流にそう言われ、颯は「ハイハイ、わかりましたよ」と立ち去ろうとしたところ、颯流にその辺にあった物を投げつけられるも、ヒョイヒョイと身をかわして部屋を出て行った。
母はそれ以上、颯流には何も聞かなかった。
「ちょっと、颯」
母は後になってから三男をコッソリと呼んだ。
「雫ちゃんのことで揉めたってどういう意味?」
母の問いに
「別に。そう思っただけ」
と平然と答えた。
「……颯、あんた、雫ちゃんの連絡先わかるでしょ。ちょっと教えて」
颯は、驚くと
「はっ?そんな、親が出しゃばることじゃねーでしょ。それに、雫さんが悪いとかじゃないし」
と言った。
母は不服そうに
「あのね、私が雫ちゃんを責めたりとかすると思う?私はそこまでバカじゃないわよ。ただ、二人が何も言わないなら、雫ちゃんに聞くしかないでしょ。親バカじゃなく、あくまでも私は、あんた達ライダーの母親という立場もあるんだから。こじれると今後組むレースやイベントなんかに支障が出るのよ。冷たいようだけど、今、一颯と颯流には、大勢のレース関係者やスポンサーの生活がかかってるの。事情は把握しとかないと」
と述べた。
颯は
「絶対教えない」
とすぐさま言った。
「雫さんに聞いたって、たぶんわかんないよ」
颯のこの言葉で大体のことを母は理解した。
「あら、そう。わかったわ。たぶん二人とも、雫ちゃんのことが好きなのね」
と言うと、夫と颯に駆けつけてもらう直前、颯流が一颯に言っていた言葉を思い出し
「なるほどね。ほんっとに、お兄ちゃんはバカみたいに優し過ぎるし、颯流はすぐに自己否定して怒るんだから」
と、ブツブツ呟きながら立ち去った。
颯は思った。
母さんはたぶんわかったんだろうな
一颯も颯流も雫ちゃんのことが好きで、優しい兄が弟の気持ちを尊重して、彼女を譲ろうと身を引き、逆に弟がそれに怒った
これが事実だろうと
一颯兄が殴り返さなかったのは、兄としての我慢強さもあるけど、ようは弟の好きな人を後から自分も好きになった罪悪感があるからだ
またカケ兄も、本当は自分より、兄と雫さんがお似合いなのはわかっていて、二人が上手くいかなかったのは自分のせいだと自身を責め、一方で正直上手くいって欲しくない気持ちもあるから、怒りを兄に向けるしかなくなった
颯も結香から、ある程度、裏事情的なものは聞いており、そう推測した。
それにしても、何も知らないはずなのに、母の勘ってさすがに鋭いな
と颯は思った。
まぁ、でも、母親とは言え、わからないこともあるだろうけど……
特に、僕のことなんかはね
と苦笑いした。




