29 代償
二人で会うのも何度目かとなり、今回は雫の提案で、今、流行のケーキを置いているお店に行き、紅茶を飲みながら雫と一颯は美味しいお菓子を口にした。
「特に変わったことない?」
一颯は尋ねたが、雫は
「何も無いですよ。いつも、心配していただいてありがとうございます。卒業してから颯流くんとも会う機会がなくて。もう、颯流くんに迷惑かけることもないと思います」
雫ちゃんを巻き込んで迷惑をかけてしまったのは、こっちの方なんだけど
それに、『会う機会』というのも、颯流はおそらく何度か雫ちゃんに声をかけているが、彼女はやんわり断っているのだろう
と一颯は思った。
一颯はこの流れで、雫に話そうかどうか迷っていたことがあった。
あの脅迫の一件で、雫に事情を説明して以降、雫が逆に颯流に矛先がいかないように気を遣い、弟とそれとなく距離を置いたように見えた。
また心配をかけているからと自分を安心させるために定期的に会ってくれている気がして、なんとなく自分が二人の邪魔をしたような気まずさがあったからだ。
一颯はとうとう思い切って口を開いた。
「ずっと聞こうと思ってたんだけど、雫ちゃんって、颯流、どう思う?」
一颯の質問に、雫は
「流行くんですか?クラスが違ったので、細かいことはわからないですけど、学校ではいつも明るくて楽しそうでしたよ。レースで欠席の日も多かったでしょうけど、来たら皆の人気者で、廊下とかで大勢の人とワイワイしてるとこよく見かけましたし。そういえばバレンタインの日はたくさんチョコもらってたみたいで、やっぱり女の子にモテるって印象が一番強いですね」
と、最後は笑いながら答えた。
「いや、そうじゃなくて」
と、一颯は困ったように
「颯流のこと好き?」
さすがにストレートな言葉だったため、雫も一颯が聞こうとしていたことの趣旨はわかった。
「……友達として、好きですけど」
そう答えたものの、一颯の聞きたいことの着地点が、雫には読めなかった。
「例えば、一度、颯流と付き合ってみるとかどうかな?あいつ、チャラチャラしてるように見えるかもしれないけど、根は真面目だし、俺が言うのも何だけど良い奴だよ。たぶん雫ちゃんのこと、気に入ってると思う。もし、あいつのファンが何か変なことしてきても、俺が二人の邪魔はさせないようにするから」
雫は黙っていた。
一切、口を開かず、そしてその口は一文字に硬く結ばれていた。
雫は、着地点が見えると
そっか
と思った。
そうなんだ……
今はこの考えしか浮かばず、何も答えられなかった。
雫が怒ったような様子に見えたため
「ゴメン。表向きには颯流と距離を置いてくれって頼んでおきながら、逆に、ひっついたらとか言ってみたり。……怒ったよね?……余計なこと言って悪かった。本当にゴメン」
と一颯は謝った。
すると
「謝って……ばっかりですね」
雫はそう静かに言った後
「一颯さんって、私に謝ってばっかり」
と微笑んで見せた。
一颯も雫につられてホッと笑顔を見せると
「俺は、なんか、雫ちゃんにはいつも失礼なことばかりしてるからね」
と言った。
雫は少し顔を背けた。
「……本当に失礼」
雫が珍しく、突っ込んだ冗談を言った。
一颯が苦笑いすると、突然、雫がすっと立ち上がったため、一颯は座ったまま、雫を見上げた。
雫と目が合った。
雫はその目を潤ませていた。
「自分を……好きな子に……『弟と付き合ったら』って言うなんて……。本当に失礼」
一颯は衝撃を受けた。
一体、何が起こったのかわからないといった表情で、雫を見つめた。
「……すみません、私、……ごめんなさい。失礼します」
雫はこの場にいることが堪えきれず、テーブルの上にお金を置くと、頭を下げて店を出て行った。
一颯は追いかけようと一度席を立ったが、そのまま、また力無く椅子に腰を下ろした。
追いかけてどう言うのか
一颯は、悩んだ。
いや、それより……嘘だろ
まずそこからだった。
俺、良いところなんて全く見せられてなかったし
逆に、嫌われていたのが、まぁ普通になったくらいだと
彼女は良い子だから、それなりに俺に合わせてくれてるんだと
今まで、雫に良い印象を与えることが出来ているとは到底自分では思えなかった。
なのに、彼女は俺のことが好きだったのか
走る姿だけじゃなかったのか
俺は……
一颯は、雫を手に入れようとしてはいけないと、いつもどこかで感じていた。
しかし、今
春田 雫
という存在を、手放してしまった代償は大きかった。




