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28 祝意

 一颯(いぶき)は、自身の目の前に置かれた丼を見つめた。

 そして顔を上げると


「いただきます」


と言って軽く手を合わせ、嬉しそうに丼とお箸を持つ(しずく)を見つめた。


 何といっても卒業式当日なのだから、自分の中で食事に誘う予定にはしていたものの、サーキットの片付けもいつ終わるかハッキリと読めない状態で、雫にもこの後「やっぱり予定が出来ました」と言われる可能性もあり、気の利いたお店を事前に予約しておくというわけにもいかず


 その時に、それなりのお店を探して行くか


と思っていたのだが。



「本当にこれでいいの?」


 チェーン店の丼屋さんが悪いというわけではないが、卒業祝いの食事会にしては、いささか質素な感じだった。


「これでいいじゃなくて、これが良かったんです」


 雫は満足げに微笑むと


「女性同士だとなかなか入りづらいんで。久しぶりに食べられて嬉しい」


とご飯とおかずを頬張った。


 雫は見るからに、大人しそうな女の子だ。

 なので、こういった子の場合、食事場所については「一颯さんの食べたい物でいいです。一颯さんが決めて下さい」との丸投げになるか「じゃあ、スパゲティが食べたいのでイタリアンのお店でも探しましょうか。私検索してみますね」と、それなりのところを見繕うのが想像の範囲内だった。


 今までは


「実はお昼を食べ損ねたので、もう、かなりお腹空いてて。早く食べられるとこでいいですか」


と言って指定されたのがここだった。

 一颯は自分も丼を片手に取ると黙々と食べ始めた。


 先に「今日はお祝いだから奢る」と宣言したので、もしかして自分はかなり貧乏だと気を遣われたんだろうか


 そう思うと同時に


 もうちょっとお洒落なお店を言われると思っていたのに、この子にとって俺は『気兼ねしないお兄ちゃんと一緒にご飯食べに来た』くらいの感覚で、まるで『男』として見られていないな


と複雑な心境にさえなった。


 ふと顔を上げると、偶然、雫もこちらを見たようで


「今日の子供達可愛かったですね。一颯さんもあれくらいの年の時には、もうちっちゃなバイク乗り回してたんですか」


と屈託なく話しかけてきた。


 一颯は、元ライダーの父親の影響で、4歳の頃からポケバイに乗っていたという話を始めた。

 こういう話をし出すと、先ほどの雑念のようなものは綺麗に忘れ去った。

 雫は小さい頃の一颯を想像しながら、楽しそうに耳を傾けた。



 話の途中で、一颯が


「あっ!」


と突然声を上げた。


「どうしたんですか?」


 雫が尋ねると、一颯は


「卒業、おめでとう」


と、満面の笑みを雫に向けた。


 さきほどの約束を今、思い出したのだろう。

 このタイミングで言われると思っていなかった雫は、心づもりもできていないままだったが、笑顔の一颯を見て、可笑しさと嬉しさが同時に込み上げ


「ありがとうございます。学校の先生以外でおめでとうって言われたの、今が初めてなんです」


と充実した笑顔を返した。

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