23 友情
結香は落ち込み、机に顔を伏せた
「お母さんがダメって」
それを聞いて雫は
それは、そうだろうな
と思った。
専門学校の入学試験の前日に開催される颯流くんのイベントに行きたいと言いだした娘に、母親の怒りの説教が飛んだらしい。
「あーあ、別にもう、前の日に詰め込んで勉強したって一緒だし、気晴らしに行きたかったなぁ」
と結香がぼやくと
「お母さんは体調とか、ちゃんと整えておいて欲しいんじゃない?さすがに前日だから」
「もう、雫はいいよなぁ。早々に受かっちゃったし」
雫の受験した大学は、推薦入試がわりと早い日程で、クラスの中でも一番早く進学が決まっていた。
「雫、ごめんだけど、その日、ひとりで行ってきてくれる?颯流くんもせっかく誘ってくれたし。二人とも行かないのはちょっと気ィ悪いしね」
二人で来る?と誘われたイベントだったが、雫は仕方なく一人で行くことにした。
イベント会場を見て回り、その一角のサイン会の場所を見て、雫は驚いた。
颯流のファンは多いとは聞いていたが、かなりの人数の女の子達が列をなしていたからだ。
「あっ、雫ちゃん、来てくれたんだありがとう」
次々と入れ替わる女の子達の中で、今、握手をしようとしたのが雫だったことに気づいた颯流はそう言った。
写真集へのサインに
「『ユイカへ』って書いてもらえますか」
と頼むと、颯流はサインと共に
『雫ちゃんへ』
と記載した。
どうしよう。聞こえなかったのかな
雫が写真集を見て困っていると
「次、いいですか?」
と、いかにも『どいてよね』と言わんばかりの口調で追いやられた。
雫は、もう一度列に並ぼうかと思ったが、一人1回のみのルールのようで、仕方なく
『颯流くんゴメンナサイ。イベントが終わったら少し時間取れないですか』
と携帯からメッセージを送った。
サイン会の間は無理だろうし、終わってからも忙しいかな
雫はイベントが終わった後も、少し会場近くにいたが、颯流からのメッセージは既読にならなかった。
『今、どこ?』
イベント終了後、40分ほどして、颯流からメッセージが届いた。
雫は慌てて
『イベント会場の横の公園にいます』
『颯流くん、忙しいのにごめんなさい』
『勝手なこと言いますが、結香へのサインもらえないですか』
『結香、今日楽しみにしてたんだけど、来れなくて。明日試験だから、激励に颯流くんのサイン届けたくて』
一気に文字を打ち込んで送信する。
しばらくして、既読にはなったものの、颯流の返信は無かった。
結香を元気付けようと思ったんだけどな
雫が諦めようかと思った時
『預けた』
と短い文章が届いた。
どういう意味かを考えていたところ、突然、後ろから
「春田さんですか」
と声をかけられた。
振り返ると、40歳くらいのスーツ姿の女性が立っていた。
「春田雫さんですか」
ともう一度問われ「あっ、はい。そうですが」と答えると
「颯流のマネージャーです。これ颯流から」
と、茶封筒を手渡された。
雫はすぐに、中に入っていた物を取り出すと、それは、表紙に結香あてのサインが書かれた写真集だった。
雫は笑顔になって
「すみません!届けていただいてありがとうございました」
と頭を下げると、マネージャーの女性は
「颯流から、『「時間取って」っていうメッセージがきたから、てっきりデートの誘いかと思ったって、言っておいて』って」
と雫に微笑んだ。
この手の冗談は苦手な雫が、困ったような顔になったのを見て、マネージャーはクスクス笑うと
「ごめんなさいね。まだ流颯のファンも会場に残ってるかもしれなかったから、颯流が単独でどこかに行くとなるとちょっと目立つから私が来たの」
と説明した。
雫が再度、お礼を言うと、マネージャーは「いいのよ。今日は来てもらってありがとう。じゃあ、失礼します」と言うと立ち去った。
雫はすぐに、颯流にお礼のメッセージを送信すると、急いで結香の自宅に向かった。




