2 発端
「ねぇ、雫。これ見て!」
図書館で勉強を始めた途端、親友の葛城 結香が、鞄から雑誌を取り出すと雫の方に表紙を向けながら
「買っちゃった」
と言った。
それはバイクの専門雑誌で、結香はページをめくりながら
「実はね、今月号に颯流くんのインタビューが載ってるの。結構なページ数で」
と、今度は対談コーナーのページを開き、嬉しそうに雫に見せた。
雫の通う高校には
渡来 颯流
という同級生のライダーがいる。
高校3年生にしてすでに数々のスポンサー契約をしているプロライダーの彼は
同じくライダーの
兄 渡来一颯
弟 渡来 颯
と共に
渡来三兄弟
と言われるちょっとした有名人だった。
「ネットではこの写真とか載ってなかったし、買っちゃった!ねぇ、この颯流くんの横顔、格好いい〜!雫もそう思わない?」
結香が同意を求めると、雫の表情がすぐに曇った。そして、雫は何も答えようとしなかった。
「もう、雫も何か言ってよ!あっ、それとも雫はもしかして一颯くん派だっけ?うーん、颯くんはまだ中学生だし、対象外だろうけど」
と言って笑った。
雫がずっとしかめ面をしているので、結香は
「何よー怖い顔して」
と突っ込むと、雫は気まずそうな顔で人差し指を少し曲げた状態で、遠慮がちに結香の方に向けてツンツンと突くような仕草を見せた。
結香は不思議そうな顔をしたが、すぐに雫の目線と指が自分を通り越していることに気づいた。
結香はその瞬間、バッ!と後方を振り返った。
「どうも〜!横顔だけが格好いい、噂の渡来 颯流で〜す」
颯流は、笑いながら冗談めかしてそう言った。
結香は頭を打ち付けたのではないかと思うほど、瞬時に机に顔を伏せると「えー!うそー!やだー」と言いながらそのまま机にへばりついた。
「まぁ、横顔だけとは言え、褒め言葉は素直に聞いとくわ。ありがとねー」
と颯流は、普段はかけない眼鏡をいじりながら、机に顔を埋める結香に言った。
「違うんです!横顔だけじゃなくて、全部!あー、いや、その!そうじゃなくて、いや、そうで。本当にごめんなさい!」
結香は自分でも何を言っているのかよくわからない状態に陥った。
颯流は、自分と女友達を困ったように見つめる雫に目をやると、その手元にあるノートを覗き込んだ。
「あっ、今、もしかして歴史の勉強してる?俺、レースでここんとこ授業出られてなくてさ。特に歴史の授業が全く。ちょっとノート見せてくんない?こいつのさぁ」
颯流は、横にいる友人の酒井 遼太郎を指さしながら
「ノート、字きったねぇーくて、読めねーのよ。君、字綺麗だね」
颯流が雫にそう言った途端、横から遼太郎が颯流にヘッドロックをかましながら
「他人様からノート借りといてきたねぇとか言うなよな。あっ、春田さんは文字だけじゃなくて、全部綺麗だよ〜。お前、物借りる時は、これくらい言えよな」
男子二人は、雫をネタに巻き込みながら、じゃれ合い盛り上がった。
雫は自分のノートを閉じると「良かったら」と言って、颯流に差し出した。
颯流は
「うわっごめん。今、使ってるんだろ。悪い!冗談冗談。持ち主が勉強中してる最中にノート奪うなんて、俺、そんな極悪非道みたいなこと……」
「あっ、颯流が借りないなら、俺、借りよ-」
そう言って、遼太郎が横から手を伸ばし、雫からノートを受け取ると同時に、颯流がそれを即座に奪い取った。
「俺が先に頼んだんだからな!えっと……名前なんだっけ?」
と颯流が雫に尋ねた。
「春田です」
「じゃあ、春田さん。ごめん!今日一日だけ貸して!明日絶対返すから」
颯流は雫を拝みながらこう言った。
雫は笑いながら「どうぞ」と答えた。
結香は恥ずかしさのあまり顔を上げることが出来なかったが、この会話の一部始終を聞きながら「雫!ずるい!私も颯流くんとしゃべりたい!」と悔しさをにじませた。