19 遼遠
遠い
スプーンカーブと言えば……
遠い
このコーナーについて表現する場合、ライダー視点や観客から見た特徴などは置いておいて、兎にも角にも耳にするのは
場所が遠い
この一言に尽きる。
とりあえずメインスタンドから、かなり距離があるため、歩いて見に行くのが果てしなく遠く感じるのだ。
ましてや、8耐は夏の炎天下の真っ只中、スプーンカーブに着いただけで
歩いたぞー!
自分はここまで観戦に来てやったぞー!!
ファンの中でもとびきり熱いファンなんだぞー!!
という、いわゆる自己満足感が得られる場所でもある。
「名前の由来はもうわかると思いますけど、今日、特に暑いんで、いつもより少し人が少ない感じですね」
と颯が感想を述べた。
一番遠いコーナーに、この暑さで、多くの人がここまでたどり着くのを諦めたのかもしれない。
雫はこの場所まで来ても、まだ何も達成感はなかった。
まだ行けていない場所がある
自分はそこまでたどり着けるのか、自信がなかった。
主だったコーナーを回ることだけを考えていた。
それ以上、考えないようにしていた。
でも、思ったよりも歩いてしまったようだ。
自分に課した試練が終わってしまい、次のステージに進まなければならなくなったことに、雫は動揺していた。
思わずその場に体育座りのようにしゃがみ込み、自身の膝に顔を埋める。
「大丈夫ですか?」
雫が顔をあげると、麦わら帽子にタオルを挟み、サングラスに日焼け止めのアームカバーなど、まるで案山子のような格好の、中年のご夫婦と思われる男女が、雫に声をかけた。
身に付けた8耐のTシャツやその他のグッズが
観戦するためならお洒落や見栄えなど気にしない
といった気合いの入れように感じた。
「しんどい?熱中症かな。とりあえず、日陰に行きましょうか」
「あっ、すみません。大丈夫です」
雫は心配をかけまいと、立ち上がった。
しかし、二人は
「お昼間よりは少しマシになってきたけど、まだ日も照ってるし、無理しちゃダメよ」
と雫に日陰に入るよう促した。
女性が支えるようにして、木陰の方まで近寄り、一緒にいた男性は、雫が移動中、突然倒れたりしないかと見守った後、無事日陰に入ったことを見届けると
「ちょっと行ってくる」
と、女性に声をかけ、その場を離れた。
木陰で腰をおろすのに、女性は持っていたチラシを地面に敷き、そこに座るように雫に言った。
「すみません。私、熱中症とかではなくて……」
「いいのよ。気を遣わないで。ちょうど主人とも、一旦日陰に入って休憩しようかと話していたとこなの」
女性と会話をしていると、その夫が戻ってきて、買ってきたばかりと思われる水滴の滴る冷たそうなペットボトルの水を、雫に差し出した。
「これ飲んで。水分とった方がいいから」
おじさんとも言える年代の夫は、走って買ってきてくれたのか、少し息が上がっていた。
今更、暑さのせいでないとは言えず、雫は素直に飲み物を受け取ると「お金」と言って、カバンの中の財布をまさぐった。
「何言ってるの!私達の娘くらいの年なんだから、これくらいのお金なんて気にしなくていいの。それより、あなたお一人で来たの?」
「……はい」
雫が返事をすると、女性は
「そう、8耐が好きなのね。ここまで一人で歩いて来るのは、かなりのファンよ」
そう言って笑うと
「選手、皆、頑張ってるもんね」
と、コースの方に目を向けた。
雫も同じようにスプーンカーブに目をやった。
通り過ぎる数々のバイクの、その先にある何かを見つけようとするかの如く、雫は瞳を凝らした。
一颯さん……
チェッカーフラッグまで、間もなく3時間を切ろうとする頃だった。