18 理解
食事会も終わり、雫と結香が渡来家から出ようとした時、母が
「遅くなったんだから、二人をちゃんとそれぞれ家まで送ってあげなさいよ」
と息子達に言った。
雫は遠慮したが、結香は颯流に送ってもらいたいだろうと思い
私は家が近いので一人で帰れるが、結香は遠いので颯流くんに送ってもらえたら
というニュアンスで話を持っていく。
「じゃあ、雫ちゃん、俺送るわ」
そう言った一颯に、本人以外、全員が驚いた。
実は一颯の中では雫を送ることに目的があったため、何も考えず自然にそう言ったが、全員の個々の受け取り方は違った。
一颯は、雫ちゃんのことが気に入ったのか
誰しもそう思うのが普通だった。
ただ、もう一人、雫だけはそんなことは思い浮かぶはずもなく、予想していなかった展開に戸惑っていた。
母が見るに、確かに雫は少し困っている様子だったが、一颯を嫌がっているという感じには見えなかったため、この空気を打破しようと
「じゃあ、一颯、雫ちゃんお願いね。颯流は結香ちゃんを送ってあげなさい。颯はこの後、部屋に戻ってちゃんと勉強するのよ」
とまとめ上げた。
「いっぱい食べられた?お腹膨れた?」
一颯は歩きながら雫に話しかけた。
「あっ、はい。たくさんいただきました。美味しかったです」
雫がそう返した後、少し間が空いた。
雫は何か会話をしないとと、一生懸命、頭の中で話題を探した。
すると、一颯が
「また蒸し返すようで悪いけど、この前は本当にごめん」
と謝罪した後
「それに俺……。相当嫌われちゃったみたいだね」
雫は一颯が自分を送ると言った理由がここでわかった。
正直、食事会の間、雫は一颯に話しかけにくかったため、二人だけで喋ることはなく、常に何人かで会話をするようにしていた。
でも、別に一颯を嫌いになったとかでは無かった。
ただ
自分で気付かないまま、一颯さんに不快な思いをさせるようなことを、私は言ってしまうんじゃないか
というのが根底にあったため、なんとなく避けるようにしてしまったのを、一颯が気にしていることがわかったのだ。
「そんな、嫌いとか、そんなこと無いです」
と、慌てて否定すると
「まぁ、嫌いなやつに、嫌いとは言いにくいだろうけど」
一颯は苦笑いを浮かべた。
「本当に違います。私……」
雫はそう言うと黙り込んだ。
「あっ、ごめん!しつこくて。ただ、要は俺のことは別に嫌いでも何でもいいんだけど、折角バイクに興味持ってくれたのに、俺の一言で嫌な思いさせて、本当に申し訳なかったって、もう一度ちゃんと謝りたくて。それと、バイクには、嫌な印象を持たずにいてもらえるとありがたいなって思って」
一颯の言葉に、雫は涙が出そうになり、必死で堪えた。
「私……」
雫は、誤解を解こうと言葉を発したが、途中で止めた。
自分でも涙声のようになっていることに気づいたからだ。
一颯は
しまった、またやってしまったか
と思った。
参ったな
どうも、この子には上手く接することが出来ない
と自らを反省した。
すると、雫が突然、キッと一颯の方を見ると
「私、一颯さんの写真、まだ飾ってますから!」
と、言った。
そして続けて
「なんなら、写真、増えてますから!!」
あまりに勢いある口調に、一颯は一瞬、雫が怒っているのかと思い、キョトンとして固まった。
しかし、雫の言葉を自身で噛み砕き、意味を理解した途端、一颯は俯くと自身の握りこぶしを口に当てた。
そして、クックッと声を押し殺しながら笑った。
「増え……た……」
一颯は独り言のように言ったが、後が続かず、また必死で笑いを抑えながら
「あの、後……写真。増え……」
と言うと、ここでとうとう我慢出来なくなり、その場で自身のお腹を抱えるように押さえながら、おかしくておかしくて仕方が無いといった様子で、俯いたまま肩を震わせて笑った。
今度は雫の方が呆気に取られ、出てきそうだった涙も止まり、笑いが止まらない一颯を見つめ続けた。
本気で笑いすぎて涙が出てきたのか、一颯が手で目の辺りを拭っている。
やっと少し落ち着いた頃
「あー、そうだったのか。ごめんごめん笑っちゃって。ありがとう、雫ちゃんってホント良い子だね」
一颯はまた、笑い涙を拭うと言った。
雫は褒められたと言うより、なんとなく子供扱いされたような、複雑な心境で一颯を見た。
しかし
「雫ちゃん、受験終わって春になったら、俺のレース、見に来てくれないかな。招待するから」
一颯は優しく雫に笑いかけた。
この言葉で、二人は全ての不穏な空気がここで吹き飛ぶのを感じた。