14 不安
鈴鹿8耐は初心者にやさしいと言われる。
バイクやサーキット、レースとは、との基本的なことから、出場選手やチーム名など
例えこれらのことを知らなくても、究極は
走るバイクを見て楽しめるか
これだけのことだ。
マラソンでただ走るだけなのに何が楽しいの?と言う人もいるが、人の興味などそれぞれで、ようは見て自分が楽しいか楽しくないか、それに、選手の本番での表情や走り方、ペースを上げた、後続に抜かされたなど、様々なドラマのような展開と、中継でアナウンサーが伝える、選手本人の経歴やエピソード、選手を支える家族やチームの裏方達の背景などを知れば、おのずと楽しさも増す。
そして
走り終えた後の達成感の共有
これが一番大きいかもしれない。
颯はまだ中学生ながら、幼い頃から兄二人にくっついて行動するうち、周囲の反応から、バイクに興味を持てる人と持てない人の差がかなり激しいことは理解しており
雫さんと結香さんは、カケ兄に無理やり見に来させられたのでは
と、少し不安を抱いていた。
なので、まだ細かいことを言うよりも
とりあえず楽しかった
それだけでも思ってもらえれば良いと考えていた。
「コースを全部周るのはなかなか難しいと思うんで。多分、逆バンクとか説明するより、ヘアピンとかスプーンカーブとか、そっちの方が初めて見る人には面白いと思います。全部周るには、かなり距離あるんで」
颯は、雫と結香に気を遣い、適度に休憩を取りながら案内してくれた。
雫は様々な場所で見るつもりだったが、この酷暑では無理は出来ない。
お手洗いを見つけて、水道でタオルを濡らすと、適当なところに腰をかけ、タオルを首にあてた。
その瞬間
「あー!転倒!転倒!」
実況中継が響き渡った。
「バイクが火を噴いている!」
雫は息を呑んだ。
渡来の名前ではない。
だからと言って、良かったと思えるものではなかった。
誰であろうと事故は起きて欲しくない。
兄達では無いと、早々に気づいていた颯は
「ライダーは無事みたいですね。自分で立ち上がってます。単独の転倒で、バイクはもう消火されました。コース脇にバイクが残ってるんで、セーフティカーが入りました」
と平然としていた。
しばらくしてセーフティカーの後ろをバイクがゆっくりとついていく姿が見えた。
雫は自身の顔を手で覆い、しばらく顔を上げることが出来なかった。