13 各々
「本当にゴメン」
颯流は遠征から帰宅すると、雫の元へ、お土産を持って謝罪に訪れた。
「わざわざそんな、良かったのに。それに、結局、ノートも一颯さんから早く返してもらったし。なのにお母さんが気を遣われて、またマドレーヌをいただいてしまって」
二人が玄関から少し離れた門扉の近くで話をしていると、雫の母親が玄関ドアからチラチラと顔を出し、誰が来たのかと確認していた。
先日のように、渡来兄弟の一人だと気付けば、また、大騒ぎの上に、家の中に招き入れようとするばずだ。
だからこそ、颯流から「家に行く」という連絡を受けた時、雫は玄関先より離れた門扉の方で、颯流を待ち受けたのだが
それでもこちらを何度も覗いてくる母に危険を察知した雫は
「ちょっといい?」
と、道路の先を指さしながら、颯流に声をかけ
「お母さん、ちょっと出かけてくる!」
そう言うと、家を離れるように颯流を促した。
母はここで、来訪者が誰か気づき
「雫!その方、渡来颯流さんじゃないの?折角来て下さったんだから、上がってもらいなさい!」
という声を背に受けながら、雫は颯流を急かすようにしてその場を立ち去った。
残された母は思った。
雫は一颯さんが好きなのかと思っていたけど
そうじゃなかったのね
私に好きな人を見せるのが恥ずかしいんだわ
母は微笑んだ。
雫は特に行く宛も決めておらず、颯流と何となく道を歩きながら
「ごめんなさい。母は渡来さん達が来られると、嬉しがって、話が長くなっちゃうんで」
と理由を説明した。
「この前、もしかして一颯が来た時、家の中に上がったの?」
颯流は誰かに一颯のことを話す時は、いつも「兄貴が」「兄が」などと言うが、本人にはいつも「一颯」と、友人のように呼び捨てにしていて、今はそれが出てしまったようだった。
質問に対して、雫は
「あっ、そうなの。一颯さん断ってたんだけど、うちの母が上がってって、しつこくしちゃって」
と説明した。
颯流は唐突に
「今度さ、お詫びに奢るし、ご飯行こうか」
と言うと、雫は慌てて
「もう、気を遣わないで!お菓子もお土産ももらって、これ以上は」
と断った。
「いや。じゃあ、お詫びとかじゃなくて、普通にご飯行こうよ。俺、遼太郎か誰か誘うし、雫ちゃんも、結香ちゃんとかに声かけてよ」
雫は思った。
結香、喜ぶだろうな
「わかった。じゃあ、結香に言っておくね」
雫はニッコリと微笑んだ。