12 猛暑
第1コーナーで見るバイクは、メインストレートで見たそれとは、まるで違うもののように感じる。
直立不動のまま超高速で突っ走るその姿とは打って変わり、急激に減速し、倒れるのではと思うくらいに車体が傾く。
そして第2コーナーを抜け、S字コーナーでは、右に左にと、滑らかに傾けながら最短を狙って通り抜けて行く。
ここでは道路に寝転んで休むのではないかという程に、選手達は大きくマシンをバンクさせる。
同じようなライン取り、同じような車体の傾け方に見えるが、よく見ると選手ごとにその位置やタイミングが違うことは雫にもわかる。
ほんのしばらく静かになったかと思うと、その後、大きな音と共に何台ものバイクが、大蛇のように連なってやってきた。
そして、1台のバイクが雫の前を駆け抜けた。
似てる
雫はそう思った。
「サーキットって平坦に見えるかもしれないけど、結構、高低差があって、ここはどんどん登っていくんですよ」
颯からの説明があった。
暑い
観戦に集中すると暑さも忘れてしまう雫だったが、さすがに今日の暑さは尋常ではなかった。
熱中症で倒れたりしたら迷惑がかかる
と、慌てて持っていた水分を喉に流し込んだ。
しかし、雫は何かを味わって飲んだり食べたりする気持ちの余裕は無かった。
ただ、ひたすらレースが見たかった。
食事をしなければ体力が持たないこともわかっていた。
でも食欲はない。
8耐の選手達は、走行中、スーツにヘルメットをかぶり、水分も取らず、サウナに閉じ込められているようなものだと言われている。
いや、単に大人しく閉じ込められているだけでない。
その中で、ありとあらゆる技術と知識、経験を生かし、気力と体力を注ぎ込んで、戦わなければならないのだ。
自分は軽装で、いつでも水分は取れるんだから
「あぁー!」
突然、アナウンサーの大きな声が響いた。
雫は一気に、自らの心臓の鼓動が聞こえる状態に陥った。
アナウンサーの叫び声で、何かアクシデントが起きたのかと思ったのだ。
しかし、アナウンサーの叫びは、トップ争いが過激になっていることへの、感嘆の声だった。
S字コーナーでは、多くの観客が、自身の身体の一部のように自由自在にマシンを操るライダー達に釘付けになっていた。