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11 誤解

「ごめん」


 一颯(いぶき)が突然謝罪したため、(しずく)は驚いた。


「俺の走り、嫌いなんだと思ってた。違ったんだな」


 一颯は苦笑いを浮かべて雫の方を向いた。

 雫に「嫌いだなんて、そんなことないですよ」と、軽く返されると思っていた一颯は戸惑った。

 雫が驚くと共に、今にも泣きそうな表情を浮かべていたからだ。


「あっ、ごめん!気にしないで、俺の勘違いだから。こんな風にポスターとか写真とか見てもらってたなんて嬉しい。本当にありがとう」


 マズいと思った一颯は、明るく笑って済ませようとしたが、雫はしばらく無言になり、俯くと


「私、一颯さんにそう思われるような。何か気に障るようなこと言ったりしたり、したんでしょうか」


と尋ねた。

 一颯は慌てて


「いや、違うよ!ほんと。俺の誤解で」


「じゃあ、誤解されるようなことを、何かしてるってことですよね」


 雫は引き下がらなかった。

 一颯は困り果ててしまい


「ごめん。俺、余計なこと言って気を悪くさせて。せっかくこんな風に写真まで飾ってくれてるのに。もう俺の言ったことなんて、忘れ……」


「教えてもらえませんか。私が何をしたのか。それについて一颯さんはどう思ったのか。何で私が一颯さんの走り方を嫌いだと思われたのか」


 遮るように言った雫に、一颯は言葉が続かなかった。

 雫がいつもの雰囲気からは想像出来ない、悲しげではあるが、理由を聞くまで一歩も譲らないという、突き刺すような眼差しを向けてきたからだ。


「お願いします。教えて下さい。これから一颯さんや、他の人達にも嫌な思いをさせないよう、私、気をつけないとダメなんです。ですから、自分の何がいけなかったのか知りたいんです」


 一颯はここで、知らなかった雫の一面を見てしまった気がした。


 彼女は意外と気の強い女性なのかもしれない


 しかし、悪い気はしなかった。

 どちらかというと雫の芯の強さが見えたようで、好意的に感じ、不謹慎ながらも面白いなと感じる自分がいた。

 ただ、誤算だったのは、雫が自分の走りを嫌いだと思い込んだ理由を、説明せざるを得ない立場に追い込まれてしまったことだった。


 一颯は仕方なく


「えっと。前に俺の走り方が『優しい』って言ったの覚えてる?悪い意味で言ったんじゃないとは思ったんだけど。『優しい』って、こう、他の人に比べて『(やわ)い』とか『生ぬるい走り』って思ってるのかなって。あっ、ごめん!なんか俺たちまだ親父から根性論みたいなもの叩き込まれてるんで『優しい』って言われるとどうしても『弱い』とか『負けてる』みたいなイメージで……。すごい思い込みだよね。本当にごめん」


 一颯は気まずそうに下を向いてそう言った。


「私、一颯さんの走り方を否定するようなこと言ったんですね。すみませんでした」


「いや、こっちこそ。変な受け取り方してごめん」


 二人は互いに謝ると、それ以上会話が続かなかった。

 しばらく沈黙が続いた後


「あの……」


と、先に口を開いたのは、雫だった。


「言い訳みたいですけど、なんで『優しい』って思ったか、理由を聞いてもらってもいいですか」


 雫の言葉に、一颯は顔を上げ、頭を下げるように頷いた。


「私、颯流(かける)くんの走り方はすごく攻めてるように思えます。コースを自分で切り開いていくような。乗ってるバイクにも『俺に付いてこい』って言って引っ張っていくような。見てて、勝手にハラハラしてるんですけど。でもすごくカッコいいなって思ってます」


 そう言った後、雫は少しだけ表情を和らげると


「ただ、一颯さんの方は……。すみません。私の勝手な想像なんですけど、一颯さんはバイクに向かって『一緒に頑張って走ろうな』って言い聞かせながら上手く操ってるみたいに見えるんです。サーキットにも『自分をちゃんと走らせてくれよ』って優しく接して、コースを綺麗にすり抜けて走っていくような。それで『優しい走り方』って言ってしまったんですけど。でも、私の中では『優しい』は、他の誰よりも安心出来る力強いイメージなんです。全員ががむしゃらに挑むようなレースの中で、一颯さんもそうだとは思うんですけど。でも、どこか皆さんより落ち着いてて、まるで風が自然に吹き抜ける印象で」


 雫は少し口をつぐんだ後、


「あっ、バイクのこと何も知らないのに偉そうなこと言って、すみません。でも、本当に……」


 一颯はふと、ここで何かを感じた。


「私、一颯さんの走り方がすごく好きで。ずっと見ていたいくらいに」


 いつもの雫なら照れて上手く話せないところだった。

 しかし今、雫は目の前にいる人を最大限に褒め称えているにも関わらず、まるで第三者に事実を述べるがごとく、淡々とそう言った。

 聞いていた一颯もまた


「ありがとう」


 その一言を義務的に返しただけだった。

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