おふろ島の王さま
一か月に一回、ぼくの家には、『おふろ島』の日がある。
その日、ぼくがおふろ場に行くと、おゆの中には、『おふろ島』がうかんでいる。
島の形は毎回ちがっていて、大きさも、さまざまだ。
今日も、そんな『おふろ島』の日。
まだ、島の上には何もない。
これから『おふろ島』に、いろんなたてものを、おいていく。
そうやって、ぼくだけの『おふろ島』をつくるのだ。
ぼくはおふろのおゆに、ゆっくりとつかる。
さて、今日はどうしよう。
まずは、いつものように、『おしろ』をたてよう。
『おふろ島』にのせるたてものは、青いバケツの中に入っている。
『おふろ島』をつくる時に、だいじなことが一つあった。
たてものはそれぞれ、大きさ、形、重さが、ちがっている。何も考えずに、たてものをおいていくと、島がバランスをくずして、ひっくりかえってしまうのだ。
とくに、『おしろ』は一番重たいので、島のまん中におくしかない。
ぼくはバケツの中から、『おしろ』を見つけると、島のまん中においた。
これでよし。『おしろ』をおいたしゅんかんから、この『おふろ島』の王さまになったような気がする。
ぼくは『おしろ』が大すきなので、『おしろ』のない『おふろ島』なんて、がっかりなのだ。
つぎにおくのは、どのたてものにしようかな。
ぼくはバケツの中に、茶色いたてものがあるのを見つけた。
これは何だろう。今までに見たことのないたてものだ。
茶色いたてものには、小さなもじで、『ラジオきょく』と書いてある。
手でもってみると、かなり重たい。島のすみっこにおくと、島がひっくりかえってしまいそうだ。
おくとしたら、島のまん中に近い場所じゃないと・・・。
ぼくは『ラジオきょく』を、『おしろ』のとなりにおいてみる。
すると、とつぜん、女の子の声が聞こえてきた。
「王さま、つぎは『パンや』がほしいです」
これは、いったい、どういうことだろう。
今、おふろ場には、ぼくしかいない。女の子のすがたは、どこにもない。
でも、おばけが出たような、こわいかんじはしなかった。
とりあえず、ぼくは言われたとおりに、『パンや』をおいてみる。
すると、
「王さま、ありがとう。島のみんなは大よろこびです」
どうやら、このふしぎな女の子の声は、『ラジオきょく』から聞こえているみたいだ。
またもや、『ラジオきょく』から、女の子の声が聞こえてくる。
「王さま、『小学校』がほしいです」
「王さま、『本や』がほしいです」
「王さま、『コンビニ』がほしいです」
こんどは、一気に三つ。
おねがいされた三つのたてものを、ぼくは『おふろ島』においていく。
そのあとも、ふしぎな女の子からのおねがいは続いた。
公園、レストラン、かんらん車・・・。
女の子のおねがいを、ただ聞いているだけでは、退屈なので、ぼくはすこしイタズラをすることにした。
バケツの中をのぞきこむ。『どろぼうハウス』があるのを見つけた。
さっそく、『どろぼうハウス』を、『おふろ島』においてみる。
すると、『ラジオきょく』から、
「王さま、たいへんです。どろぼうが島で、あばれています」
その直後に、女の子のひめいも聞こえてきた。
ぼくは大いそぎで、『どろぼうハウス』を島からとりのぞく。
『どろぼうハウス』があった場所には、新しく『交番』をおいた。
数分後、
「王さま、おまわりさんが、どろぼうをつかまえました」
それを聞いて、ぼくは安心した。
「『交番』をつくってくれて、王さま、ありがとう」
そう言われて、ぼくはすこし、はずかしくなる。
もともと、ぼくが『どろぼうハウス』をおかなければ、どろぼうは出なかったはず。
イタズラはもう、やめておこう。
ぼくは反省すると、新しいたてものをどんどん、『おふろ島』においていく。
もうすぐ完成という時になって、
「王さま、『風船工場』がほしいです」
「『風船工場』?」
かわったものをほしがるんだと、ぼくは思った。
『風船工場』は、これまでに一回しか、おいたことのないたてものだ。工場の形をしていて、大きな風船が一つ、やねの上についている。
ただし、風船は毎回しぼんでいるので、そのままだと、とてもかっこわるい。
だから、島におく前に、わざわざ風船を、ふくらませないといけないのだ。『風船工場』は小さくて軽いのに、こういうところで損をしている。
でも、ぼくは『おふろ島』の王さまだ。
おねがいには、こたえてあげないと。
ぼくはバケツの中から『風船工場』を拾うと、しぼんでいる赤い風船をふくらませた。
赤い風船のついた『風船工場』を、『おふろ島』におくと、
「もっとです」
そう言われて、ぼくはバケツの中をさがした。
今日のバケツの中には、どういうわけか、『風船工場』がいくつもある。
ぼくは黄色い風船のついた『風船工場』をとり出すと、その風船をふくらませた。
二つめの『風船工場』を島におくと、
「まだ、たりません」
三つめ、四つめ、五つめ。
「もっともっと」
ぼくはむちゅうで、風船をふくらませる。
気づいた時には、『おふろ島』に、たくさんの『風船工場』ができていた。
そして、
「王さま、さいごのおねがいです」
「『ゆうびんきょく』がほしいです」
わかった。
ぼくはバケツの中から、ポストの形をした赤い色のたてものを見つける。『ゆうびんきょく』だ。
でも・・・。
ぼくは、こまってしまった。
『ゆうびんきょく』は、かなり重たい。たぶん、『おしろ』と同じくらい。『風船工場』のように、『おふろ島』のどこにでも、おけるわけじゃない。おく場所をまちがえると、島はひっくりかえってしまう。
ぼくは『おふろ島』を見つめる。
島の上にはもう、空いている場所が、のこっていなかった。
ここから『ゆうびんきょく』をおくためには、どうすればいいのか。
その答えに、ぼくはすでに気づいていた。『おしろ』をとりのぞいて、そこに『ゆうびんきょく』をおくのだ。
でも、それをすれば・・・。
たぶん、ぼくは王さまじゃなくなる。『おしろ』があるから、王さまなのだ。『おしろ』がなければ、王さまじゃない。
島におくことができるのは、『おしろ』か、『ゆうびんきょく』か、どちらか一つだけ。
どうしよう。
ぼくがなやんでいると、『ラジオきょく』から、女の子の声が聞こえてくる。
「王さま、さいごのおねがいです。『ゆうびんきょく』がほしいです」
わかった。
ぼくは王さまじゃなくなってもいい。『おしろ』をとりのぞいて、『ゆうびんきょく』をおいた。
すると、
「『おふろ島』の神さま、ありがとう」
女の子に、おれいを言われた。
ぼくは王さまじゃなくなったかわりに、神さまになったらしい。
とつぜん、『おふろ島』の中から、きかいのうごき出す音がした。
たぶん、『風船工場』のきかいが、いっせいにうごき出したんだと思う。『おふろ島』がすこしずつ空中へと、うかび上がっていく。
こんなことは、はじめてだ。
一分後、おふろのまどから外へと、『おふろ島』がとんでいく。
そして、そのまま空高くに上っていき、『おふろ島』は雲の中にきえていった。
数日後、一まいのしゃしんが、ぼくにとどいた。
しゃしんには、南の国の海がうつっている。
しゃしんのすみっこには、とんでいった『おふろ島』が、小さくうつっていた。
そのしゃしんを、ぼくがながめていると、
「『おふろ島』の神さま、ありがとう」
耳のおくで、あの女の子の声が、聞こえたような気がした。
ご愛読ありがとうございました。