エピローグ
「もういいですよ?」
死神界に戻ってきてのアイの第一声がそれだった。
「え、なに? もう用済みって?」
まさかそんなことを言われると思ってなかったヘルは頭を抱え軽く動揺した。
『お疲れ様』などの労りの言葉をくれると思っていたのに斜め上すぎる言葉だった。
「君の願いは叶った。罪も犯してないのでもう成仏していいですよ?」
「つ、冷たい! 氷のように冷たいですよ、アイさん!」
「そういうことじゃないんですか?」
願いが叶って、はいさよならというつもりは一切なかった。
役職も上がってやれることが増えていたし、長くいるこの世界が少しだけ好きになっていた。
まだもう少しいてもいいなと思うくらいには。
「アイさん、ありがとうございます」
「急になんですか」
「結衣を看取らせてくれて」
「……それが君の願いでしたからね」
「はい」
この世界に来て自分が死神だと自覚した後、一番に願ったことだった。
前例がなく、難しい。知っている人間の看取りだといろんな縛りがあり、それなりに任務をこなさなくてはいけない。
役職も上げないとヘルという存在自体が消えてしまうと言われ続けた。
その道のりは決して楽なものではなかったが、それでもアイが上司でなければきっと叶えられなかった願いだった。
「長年のストーカー行為も終わりを迎えましたし、成仏してもいいですよ?」
「どんだけ成仏させたいんですか。というか、ストーカーって酷くないですか?」
「事実じゃないですか。最後までストーカーしたいから看取らせてくれ? でしたよね」
「全然違います!」
アイの歪んだ勘違いを必死に否定し続ける。
ストーカー行為って、その印象が強すぎたのだろうか。
確かに初めはあまりの危機意識の無さに、あえてそんなことをしたけれど。
それも割とすぐに終わったし、とそこまで考えてヘルはふと気づく。
「あれ? 俺ストーカーどうこうってアイさんに言ってないですよね? 報告してないですよね?」
「……報告したことだけが全てだと思わないことです」
アイはしたり顔をする。
その表情に影がかかっているのもあって、妙に身震いした。
「怖っ! え? 怖いんですけど」
「それで、成仏しないんですか?」
「何回言うんですか! むしろ早くしてくれと?」
「今成仏すれば、佐倉結衣と同じ時を生きられるでしょうからね」
「あ……」
何度も成仏しろと言ったのはそう言うことかと納得する。
態度や言動が厳しいアイ。今はもう、そんな彼が自分のために厳しく言っていたと知っている。冷たくダメですと言われていた日々が懐かしい。
そんな彼のストレートな情に溢れた言葉は正直言って驚いた。
確かに今成仏すれば結衣の魂と同じ時をやり直せるかもしれない。
でもヘルは首を横に振った。
「生まれ変わったら、それはもうあの佐倉結衣と春日縁じゃない。同じ魂の別の人間だ。あの時をやり直せるわけじゃない」
縁としての生は終わった。あの瞬間、唐突に終わりを迎えた。
同じ魂なら、そんなことも考えたが、成仏すればあの時の出来事が全てなくなってしまう。死神から人間への記憶の持ち越しは出来ない。
「でもこの仕事だったら何度も結衣の魂に会える。見送ることができる。全部忘れずにいられる」
前のヘルなら願いを叶えた後、早々に成仏していただろう。
だけど看取る時、彼女の家でたくさんの宝物を目にした。その中には縁と一緒に写った写真があった。ふわっと心が温かくなるような、幸せな気持ちになった。
実はそこでもう満足してしまっていた。短い時間でも彼女の人生に関われただけでいいじゃないかと。
それにまだ死神の世界は混沌としている。大切な人たちが一度しかない人生を長く生きるためにもやることはたくさんあった。
もう、中途半端に置き去りにしたくなかった。
「しあわせなストーカーですね」
「ストーカーじゃ……いや、そうかもしれませんね」
「そうですか」
やれやれと言った様子でアイは答える。
そんなアイに対してとびきり笑顔ではっきりとした返事をした。
完結となります。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。




