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死逢わせ  作者: 夏目 莉々子
死逢わせ
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死逢わせ

 大抵の死神は人間の魂狩りをする際、一時間前に現場入りする。

 そこから人間が死ぬまで記録を取り、罪のないものは天界へ送り、転生の準備をさせる。

 罪を犯したものは死神界に連れて行き、死神として任務をこなしてもらう。

 そうやって世界は回っている。

 死神のヘルも今日の任務をこなすため、ターゲットの家の前で記録を取っていた。


「家の周りは異常なし、と」


 記録帳に問題ない旨を記載し、次にターゲットのいる家の中へと入っていく。

 玄関にはサイズが異なる靴がいくつか存在し、綺麗に並べられていた。

 まあここは別に記録に取らなくてもいいだろうと、廊下に足を踏み入れる。左右のいくつかの部屋を確認するが、どの部屋も照明が落とされ、人の気配はない。


 そのまままっすぐ進み、リビングへと入るとほのかに甘い香りがした。

 整頓された本棚、テーブルに飾られた一輪の花、たくさんの思い出が詰まった写真立て。

 どれもこの甘い香りの根源ではない。お菓子、いや、飲み物だろうか。匂いのする方へと歩みを進めると縁側に腰掛けているターゲットの人間を発見した。


 髪は真っ白で手にはたくさんの皺。家や本人の様子から精一杯生きて来たことが伺える。

 彼女は庭に咲く花々を眺め、お茶とお菓子を嗜みながらゆっくりとした時間を過ごしている様子だった。

 ヘルはそっと近づき、同じように縁側へ腰を下ろした。


「あら、お客さん?」


 彼女はヘルの存在に気づくも驚いた様子はなく、当たり前のように声をかけてきた。


「こんにちは」

「久しぶりだね、死神さん」

「ヘル……だよ」


 名前を言うと、彼女は目尻にたくさんの皺を寄せて嬉しそうにニコリと笑った。


「元気だった?」

「うん、元気だよ。仕事は相変わらずキツイけど」

「ふふっ。それはよかった」

「そっちは元気?」


 ヘルのその問いに彼女はゆっくりと視線を逸らし、少しだけ目を伏せた。


「もうそろそろなのかしら?」


 ゆっくりと波打つ心は日に日に弱まり、もうその時が迫っていることが感じ取れる。


「うん。君の心臓はもう時期活動を終える」

「そっか……長い間お世話になったわ」


 胸に手を当て、愛おしそうにその鼓動に耳を澄ませる。

 彼女の一部として動いたその心臓もきっと嬉しかったはず。

 いや、きっとなわけない。絶対に嬉しかった。


「ありがとう」


 無意識に感謝の言葉が溢れた。

 縁側にくるまでにたくさんの写真たちを見た。

 そのどれもに彼女は写っていて、昔から変わらない太陽のような笑顔を浮かべていた。

 それは彼女が人生を全力で楽しんだ証。

 この歳になるまで大事にしてくれた。一緒に人生を歩んでくれた。

 それがたまらなく嬉しい。だから感謝を伝えたくなった。


「何か言った?」

「ううん」


 聞こえなくていい。伝わっていればそれで。

 本当はもっと彼女と話がしたい。

 だが、時間を見るとそろそろカウントダウンをしなくてはいけない時が近づいていた。

 ヘルは立ち上がり、彼女の前に立つと一つ尋ねた。


「結衣は幸せだった?」


 一瞬驚いたように見えたが、彼女はすぐに答えた。


「幸せだったよ」


 それが聞ければもう充分だった。

 彼女の魂は天界へと導かれ、転生の準備に入るだろう。


「縁は……?」

「え?」

「縁は幸せ?」


 事故で死んで、死神になって、辛い任務をこなす毎日。

 何度も投げ出したくなったし逃げ出したくなった。

 だけどその度に結衣の笑顔がチラついて、頑張ろうって思えた。


 この瞬間のために乗り越えていこうって。


「俺は……幸せだよ。ずっと願っていたことが叶うから」


 そういうと、彼女は笑顔で応えた。

 カウントダウンが始まる。


「じゃあ、そろそろいい?」

「うん、いいよ」


 彼女はずっとヘルを見つめていた。

 だからヘルも瞳を逸らさず、一度しかない大切な人の魂狩りをする今この時をしっかりと目に焼き付けておこうと見つめ返した。


「ブンカの名を持って、佐倉結衣の見送り神となる。彼女の来世に幸多からんことを」


 彼女の体からゆっくりと魂が引き抜かれていく。

 ヘルはゆっくりと手を添えて、天への道を示してあげた。

 迷う様子もなく、暖かな光に導かれて結衣の魂は天へと昇っていった。


 やっと、ようやく、この日を迎えられた。


 大切な人が死んだというのに心は非常に穏やかだった。何年も前から覚悟していたことだったし、泣かずに笑顔で見送ってあげようと何度もシミュレーションしていた成果かもしれない。

 魂のない結衣の体は縁側で笑顔を浮かべてただ座っていた。

 魂狩りを終えて彼女の横に座ると、まだほんのりと暖かかった。この体も時期に冷えていくだろう。


「ったく。幸せそうな顔をして」


 そばを離れることができなかった。

 魂狩りが終われば速やかにその場を離れるのだが、今日くらいはここにいてもいいだろうか。

 こうして彼女に寄り添って穏やかな時を過ごせるのもこれが最後なのだから。


 何気なしに彼女の手元を見ると、何か持っている。

 そっと開くとその手にはいちごミルクのキャンディーが握られていた。


(ああ、ずっと大好きだったのか)


 仕舞っていた遠い昔の記憶が鮮明に蘇ってくる。

 甘いものが大好きで一緒にいちごミルクを飲みに行ったことがあった。

 こんな甘いもの飲めるか! と縁自身は飲まなかったが、結衣は美味しそうに飲んでいた。その時の嬉しそうな表情を見るのが大好きだった。


 大好きで、この笑顔を守りたいとそう思ったんだ。


「はっ……なんだよこれ」


 涙が頬を伝う。泣かないと決めていたのに際限なく溢れた。

 いちごミルクキャンディーを持つその手を握りしめて、ヘルは思う。


 忘れないでいてくれてありがとう。

 幸せになってくれてよかった。

 誰よりも、何よりも、大好きだったよ。


「この後いちごミルクでも飲みに行こうかな。結衣が出来ないことはいつも俺の役目だったからね」


 時間が経てば彼女の身内が異変に気づくだろう。

 体に迎えに来るその時までは寄り添っていよう。


 なんでもない話をしながら最後の時を彼女と共に過ごしたのだった。

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