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死逢わせ  作者: 夏目 莉々子
心の行方
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心の行方③

 あってほしくなかった。

 全て勘違いで、本当に海外留学している方が良かった。


 結衣は力無くその場にへたり込む。


「わかって、いたよ」


 唇を噛み締め、どんなに不細工な顔になろうと涙を必死堪えた。

 自分なんかよりよっぽど春日家の人たちが泣きたいに決まっている。

 そんな結衣を後ろから見ていた翔は彼女の隣にそっと寄り添った。

 何を言うわけでもないし、何を聞くわけでもない。

 ただ隣に座って、ほんの少し結衣の肩に自分の肩をくっつけるだけだった。


 我慢しなくていいよ、その気持ちを少しでも分けて。


 肩越しに熱がじんわりと伝わる。

 ゆっくりと翔の方を見ると、彼はたくさんの思い出たちに優しく微笑んでいた。

 そこでフッと糸が切れた。


「なん……っ。ゆ、か……っ……ぅ、ぅあ」


 聞きたいことたくさんあるのに、涙に遮られて言葉を発することが叶わない。

 苦しい。息継ぎがうまくいかない。先ほどまでうまく息を吸えていたのにもうやり方を忘れてしまった。息を出して、涙を出して、出すばかりで止める術を知らない。


「ぅ……ぁああああーー……っ」


 結衣は堰を切ったように泣き叫んだ。

 周りを気にする余裕なんてない。

 これまで堪えてきた思いを全て声にしてぶつけた。

 嗚咽を漏らし、両手で顔を覆う。


 あの人がいない。

 もう、本当に、いないんだ。


 声が掠れて、音にならない息が溢れる。

 結衣が落ち着くまで翔は何も言わずに彼女のそばにずっといた。




 いくらか時間が経ち、涙は止まった。呼吸も少しずつ落ち着いてきた。

 翔は結衣が突然家に押しかけてきても、何も言わずに受け入れた。

 いつもそうなのだ。

 結衣の言うこと、することに文句を言いながらも結局付き合ってくれる。

 翔も、そして縁も。


 縁はわかりやすかった。思っていることが表情に出るタイプだったから好き嫌いが判断しやすい。でも翔は殆ど表情に出ない。本当は嫌なのに我慢していることだってたくさんあるはずだった。



 だからこそ結衣は聞いてもいいのか決めかねていた。

 でもここまできたのだから遠慮する方が変だろうと自分に言い聞かせて聞いた。


「縁の部屋、見たい」


 力無い声で結衣は翔にお願いをした。

 何でもいい、縁がそこにいた確かな理由に触れたかった。

 悲しそうな顔で彼は了承し、二人で縁の部屋に訪れた。


「最近少し掃除したから綺麗だと思う」


 散らかっていた机は綺麗に片付いており、よく出しっぱなしにしてた本なども棚に仕舞われていた。


「たくさん、勉強してた……ね」


 棚に仕舞われている本を一つ一つ愛おしそうに優しくそっと撫でる。

 結衣には良くわからない難しい医学書がずらりと並んでいた。

 元々頭は悪くなかったが、医師を目指すと決めてからの成績の上がり具合は凄まじかった。


 たくさんの本が並ぶ中、ふと結衣は違和感を感じた。

 おかしいところなんてないはずなのに、何かに気づけていない気がする。

 歯車が合わないもどかしい思いが結衣の脳裏を掠めた。



「……縁は、いつ亡くなったの?」



 モヤモヤとした気持ち気づきたくて翔に問いかける。


「三年前」

「三年前って……」



 会えなくなった三年前。

 縁が事故にあった三年前。

 結衣が体調を崩して入院した三年前。



 もっと深く考えろと思考を回転を早める。

 あと少し、あと少しでこの違和感の正体を掴める。

 本棚を見て妙に引っ掛かったモノの正体。

 難しい医学書がずらりと並ぶ中、良く目を凝らして見ないと見落としてしまうほどに端の方にひっそりと置いてある本。


 その本のタイトルを見た瞬間、心臓が大きく飛び跳ねる。


 結衣の手は無意識に心がある場所を求める。

 そこに手を当てるとドクドクと血が通っている音が伝わってきた。


 予感がした。

 彼の性格を考えればない可能性じゃない。


 結衣は再び縁の遺影のあった部屋に足を踏み入れた。

 飾ってある大切なものたち。その一つに手を伸ばす。



『じゃーん。見てよこれ』

『何? っていつの間に!』

『すごいだろ~。崇め奉れ~』

『なんでそんなことしなくちゃいけないのよ』

『俺の努力を認めてもらいたくて?』

『あーすごいすごい』

『めちゃくちゃ棒読みだな。全然心がこもってない』

『あはは、嘘嘘。免許取得おめでとう。お祝いしなきゃね!』


 当時、自慢してきた運転免許証。とても印象に残っている。

 バイクの二人乗りできるようになったら乗せてやると言って、たくさん一緒にどこに出かけるか話をした。

 日に日に体調が悪くなっていたあの時は、心の奥では叶わないかもしれないと思っていたが、でももし叶うなら縁と一緒に出かけての楽しみたいとその日を待ち侘びていた。


 そんな日は二度と来なかったけれども。


 手にしたその運転免許証の写真はどこか緊張している様子で撮影した縁の姿。

 初めてだったし、ガチガチに緊張していたんだろうなとフッと笑った。


 そしてその裏には意思表示がしっかりと記されていた。


 一、私は、脳死語および心臓が停止した死後のいずれでも、移植のために臓器を提供します。

 そこにしっかりと丸が記されていて、自筆署名、署名年月日も記載済みだった。

 署名年月日なんか、免許を取ったと自慢してきた日だ。


 特記事項には『結衣へ』とだけ。


 一緒にいた翔の方を見ると、少し涙を浮かべながら笑っていた。


「結衣へ……って何、よ」


 縁からのたった一つの大切な贈り物だった。

エンディングまであと4話となりました。

最後まで楽しんでいただけると嬉しいです!!

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