心の行方①
先ほどまでそこにいた。確かにそこにいたはずだった。
それなのに、まるで最初からそこに居なかったかのように、瞬く間に消えていった。
少し前までは目を合わせて会話していた存在。
けど、あの日を境に唐突に終わりを迎えた。終わってしまった。
「……縁」
そこにいない彼の名前を呼ぶ。
結衣の声は空気と同化し、静かに消えてゆく。
『どうした?』って心配そうな顔をして出てきてよ。
笑顔で『じゃあいつものカフェでも行くか?』って手を引いて誘ってよ。
「結衣って、そう、呼んでよ……」
先ほどまで死神の彼が立っていた地面を見つめながら結衣は咽び泣く。
彼が、彼だけがいない。
あの日手術を受けた後、元気になったら一番に逢いたかった。
そして今まで出来なかったことを全部一緒に叶えてもらいたかった。
無理にでも手を引っ張って連れ出そうとしたのに、もうどこにもいなかった。
楽しい時は笑って、ムカついた時は怒って、悲しい時は泣く。
表情がコロコロ変わって、そばにいるだけで温かくなるような、縁はそんな男だ。
そんな彼が苦しんでいたら助けてあげたいとずっと思っている。
でも……。
名前を呼んでも反応してくれなかった。
手を握るどころか、触れることが出来なかった。
抱きしめて『大丈夫だよ』って言うことさえ叶わなかった。
何もしてあげられなかった。
(彼はあんな辛い思いをたくさんしているのに、私はなんて無力なのだろう)
数日前、結衣は病院で目を覚ました。
ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと目を開け、眩しくて薄目になりながら見えたのは見慣れない天井だった。
「結衣!」
すぐ横に翔がいて、その隣には両親もいて、全員今にも泣きそうな表情で結衣の名前を呼んだ。
「ぁ……け、っぅ」
普通に名前を呼んだつもりなのに、声が思うように出なかった。
意識が段々とはっきりしてくると自分自身に呼吸器が繋がれていることに気づいた。それに点滴に無機質な電子音も聞こえてきた。
ここが病院であることを理解するのにそう時間はかからなかった。
「今医者を呼ぶから少し待ってろ」
翔はそういうとナースコールを鳴らした後、看護師を待ちきれず直接呼びに行った。
両親に大丈夫だからねと声をかけてもらいながら、結衣は自分がなぜここにいるのか記憶を手繰り寄せていた。
(確か翔が定期検診に付き添ってくれて、そうだ、雫の……)
記憶が蘇って来たのと同時に死神の彼のあの真顔で淡々と話す様子も思い出した。
今まで笑ってくれたのは何だったのか。気まぐれ? 暇つぶし? 思考が混乱した。
もちろん、死神がそういう者だと認識はしている。だけどいざ彼の仕事を目の当たりにすると信じたくないという気持ちが大きかった。こんなこと絶対にするはずがないと心のどこかで淡い期待をしていた。
でも実際は真顔で黙々と人が殺されるところを見るだけだ。
それがとても悲しくて、辛かった。
その後、看護師と医者が病室に入ってきた。
結衣の様子を観察し、色々と聞かれたりしたが、命に別状はなかった。
原因は恐らく今ニュースで騒がれている『人気女優、雫のストーカー殺人事件』を間近で見たことによる精神的なショックからだろうと言われた。
既に良くなったからと言っても少し前まで自分の命と戦っていた側だった。ようやく良くなってきて少しずつ体調も安定した矢先にこれだ。
そう言われても仕方ない。
確かに目の前で起きたことにショックだったし、多少は関係あるかもしれない。
でも結衣自身気づいていた。
これは事件を見たからではない、死神の彼が本当に『死神』なんだと認識して、現実に直面したからだ。
直接手を下しているわけではないけど、あんなに人を思って、優しくて、命を尊ぶ『彼』とは思いたくなかった。
血を見ても、鉄の匂いを嗅いでも、どんなに近くに行っても、表情一つ変えない。
こんなの『彼』じゃない。
そう思っても、結衣には死神の彼がどうしても幼馴染の『縁』にしか見えなかった。




