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死逢わせ  作者: 夏目 莉々子
そっち側
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そっち側⑧

 ヘルの緊急用の通信が鳴る一時間前。


 虚ろな目で歩く一人の男がいた。

 血の通っていない青白い肌に中途半端に伸びたボサボサの髪。目の下は酷いクマでゆらゆらとおぼつかない足取りで彷徨う。

 そんな彼の手にはほんのりと光る一つの魂。そして耳に聞こえる目障りな魂の言葉。


『家族なんていらない』


 今まで大して気にしていなかった言葉たちだったが『家族』という単語にぴくりと体が反応し、歩みを止める。


『妹が死んでから全て変わった。存在自体消し去ったかのように、誰も彼もが』

「うるせぇ」

『あの子の存在を否定して』

「うるせぇ! 黙れクソが!」


 聞きたくない。この魂を地面に投げつけてぐちゃぐちゃに踏み潰したい。

 大体、今回の任務自体も胸糞悪くなるような内容だった。

 もう何百回、何千回と同じような任務をこなしてきたというのに、任務前にあんなものを見てしまったせいで、今日は虫の居所が悪い。


 あんな、家族を愛おしそうに見つめる死神を見るなんて。


 死神になってしまったらもうどうすることも出来ないのに、どうして家族の元へ行こうとする。声をかけても目の前にいても反応することはない。自分の存在を忘れ去られるというのにどうしてそれでも見ようとする。

 なぜそんな無意味な行動をとる。


『お願い、否定しないで。愛してあげて』

「……」


 魂の言葉に見かけた死神の行動が腑に落ちる。


 そうか、愛されていたからか。


 愛し愛されていたからあんなふうに見つめていたのか。

 見かけた死神の行動に納得するが、自分の人生にそんな場面は一度だってなかった。周りはクズしかいなく、人を人と思わない奴らばかりで、そんな中あの子は死んでいった。

 誰かを否定するわけでもなく、両親や兄弟を罵ることなく、こうして死神となった男にさえ優しく微笑んで、ひっそりと。

 死んでいい人間じゃなかった。

 死ぬのは、この世から存在を消すべきなのは男を含めたクズな奴らだ。


『私はつまらない人生でいいから、あの子だけは』

「愛してくれってか? ははっ。てめぇが人殺して自殺した時点で更に妹は不幸になってんだよ」


 自分で妹の存在を消し去ったソイツに腹が立ったが、結局自分も似たようなことをしている。表面上しか見ていなくて本質を見ようと一歩踏み出すことをしなかったせいで、気づけば全て消えていた。


「ほんと、つまらない人生だ」


 男の場合はクズというクズを片っ端から集めて殺したが、それで何かが変わることもない。ただの自己満。誰も喜ぶような未来じゃない。

 左手に力を込めると魂はスライムのように形を歪めた。時折『痛い』と聞こえたような気がするが今更だと思った。そして更に力を入れ、魂を握りつぶした。

 ぐちゃりと嫌な音があたりに響いた。残骸がボタボタと地面へ落ちてゆく。


「つまらない人生なんだ。てめぇはいらねぇよな?」


 右手が疼いた。久々のこの感覚。魂を破壊したことで死ぬ前の感覚が蘇ってくる。たくさんの人間を殺して、つまらない人生を彩ったあの時の感覚が。


「……ははっ。俺はツイている」


 ここがどこか思い出して、ある一つの行動をとることに決めた。

 その行動が本当の意味で男の存在を消してくれるかもしれない。


「礼を言うぜ。もう聞こえないだろうがな」


 破壊したぐちゃぐちゃの魂を踏みつけ、男は駅へと走っていった。

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