そっち側⑥
「はい、これ」
部屋に着いて早々に机の上に置いたのは、ストーカー宛ての手紙。ご丁寧に『ストーカー様』と書いているところを見ると、相変わらず警戒心のない手紙だと感じる。
だけどよく見ると下にもう一通同じような封筒があるのが見えた。
「あれ? 二通あるみたいだけど」
「しばらく渡せなかったから、その……もう一通書いたの」
確かに錨地雫の事件の前から手紙を受け取れていなかったことを考えると、結構な日数ストーカーとやらには手紙を渡せていない。
追加で書いたのなら一通にしても良かったのでは。そんなことを考えたが、一通目を封した後だったから二通に分かれたのかもしれない。
手紙のやり取りを大事にしていたようだし、無理やり開けてということをしたくなかったのだろう。
「ストーカーさんはすぐに読むかな」
机の上にある手紙をじっと見つめなら結衣はボソッと呟く。
いつもとは違って、すぐに読んで欲しいけど読んで欲しくない。そんな気持ちが滲み出ていた。
ヘルは少しだけ思案した後に結衣に尋ねる。
「……どうだろうな。何かあるのか?」
「ううん! 何もないよ」
首を横に振り、否定する。明らかに何かありそうな態度だったが、ヘルはそれ以上は何も聞かなかった。
「……」
「……」
それから途切れ途切れに数度会話をする。
いつもならば結衣がマシンガンの如く延々と話を繰り広げてくれるのだが、今日はどこかヘルに遠慮している様子だった。
避けられているわけではないし、話を振れば応じてくれる。
だけど、しきりにヘルの顔を見つめ、視線が合うとあからさまに逸らすその行動に形容し難い歯がゆい気持ちになった。
「……なあ」
「な、何?」
「言いたいことがあるんじゃないのか?」
耐えきれなくなったヘルはその行動の理由を尋ねた。
「思ったことを言っていいよ。こうして話をしているのが怖くなったって」
こちらがうんざりするくらいお喋りで我が道を行く彼女が今までと同じような態度が取れていない。取れるはずもない。
そうしてしまったのはヘル自身なのだから。
ヘルがどうしてそんなことを口にしたのか、結衣はすぐに考えが至ったようで、必死に否定した。
「違う! 違うの」
顔を歪めながら距離を詰める。泣きそうなその表情を直視することができず、俯き加減になる。
「私の理解が足りなかっただけ。死神さんならって甘い考えを持った私が悪いの。勝手に期待して勝手に裏切られたような気持ちになった。ごめんねってそう言いたかったの」
そうか、と彼女の言葉を冷静に聞いている自分自身がいた。
言葉を交わせる死神。
怖いという印象は皆無で人当たりのいい優しい死神。そんな死神が人が死ぬ瞬間を黙って見ているはずがない。きっと助けてくれる。そんな期待が目に見えた。
でも実際は助けてくれない。何もしてくれない。
期待を裏切られた。
結衣がそう思うのは当然だった。
「変な態度をとってごめんなさい」
「俺の方こそごめん。変な話しちゃったな」
よし、そう言いながら机の上に置いてあった手紙を手に取る。
頼まれた配達をこなすために手紙を持つためだけに実体化を施す。
「これはちゃんと届けるから」
「うん、よろしくね」
「じゃあな」
「また……ね。死神さん」
まだ何か言いたげな結衣に背を向けて部屋を出た。
またねとは返さなかった。




