そっち側④
「あれ。なんでここに」
名々井紬の魂狩りを終え、気づいたら春日家の前まで来ていた。
まさか家族が恋しくなったとでもいうのか。
ここに居たとしても現実を突きつけられるだけで、なんの意味もないのに。
先ほどの任務の影響か、一目だけでも家族の姿を見たいという思いがヘルを突き動かしていた。
ぼーっと実家を見つめて思いを馳せていると、玄関の扉が開いた。
中から出てきたのは春日縁の父、繋吾と母、祥子だった。
あの頃から何も変わらない。強いて言えば少しだけシワが増えたようにも見える。
生前の家族がそこにいる。大切な人たちが生きて今日も元気に暮らしている。
会話をしている二人を見ていると、胸がキュッと締め付けられて涙腺が緩んでいくのを感じた。
「親父! スマホ忘れてる」
慌てた様子で翔が家から飛び出してくる。
おっちょこちょいな父がよくやるスマホの置き忘れ。
忘れるたびに縁が気づき、慌てて父の後を追うことをなんてことを何度もした。
本当にあの頃から何も変わらない。父らしい行動にヘルは思わず笑みがこぼれた。
「すまんすまん。これじゃあ縁にまた怒られてしまうな」
「何度言っても直らないとカンカンに怒ってしまうかもしれませんね」
謝りながらも父は優しく微笑んでいた。
そばにいる母は笑いながら怒った縁を想像しているようだった。
春日縁という人間が亡くなって人間の世界で三年経っている。
それなのに家族は当たり前のように縁の名前を出して、微笑んで、忘れないでいる。
泣きたくなった。
いつも見ていた父はあんなに優しい表情をしていたか。母はあんなに笑う人だったか。
十七年という生涯を終えて、もっと見れるはずだった家族の知らなかった表情を今更見ることになるなんて。
死神の世界にはいくつか決まりごとが存在する。その中の一つに『生前に深く関わった人間と接触について』書かれている資料がある。
接触は完全に禁止されているわけではないが、人間を殺すこと、死神を殺すこと、死を阻止することなどの禁止事項を誘発する可能性が高い。
そのため基本的にはブンカクラスの死神がその仕事をさせない様に割り振りをしている。
だがヘルの場合、その辺りに関してはわざと何も縛られていない。だからこそアイは知ってて何も言わない。
そしてそれを見逃されているという自覚がヘルにはあった。
だがこうして家族を見ると会わないほうが良い理由がよくわかる。
こんなの、離れられなくなる。
ずっと家族の幸せを見ていたい。
もし何か不幸なことが起きそうになったら助けてやりたいと、そう思ってしまう。
禁止事項に触れる様なことだとしても悲しむ姿を見たくないから、幸せになってほしいから、手を差し伸べたくなるのは道理だった。
しばらく家族の様子を見ていたが、父と母はどこかに出掛けて行った。
翔は家の中に戻り、再びあたりは静寂に包まれる。
そろそろ死神界へと戻り、次の任務の準備でもしようかと思った時だった。




