繰り返し何度も⑧
ヘルがアイから連絡を受ける数分前。
「ねえさっき資料室で見かけたんだけど、あの子大丈夫? 酷い顔していたけど」
吉良鏡也の魂回収以来、何かとヘルを気にかけている先輩死神のメアリーは、今日も変わらず淡々と仕事をこなすアイに向かって話をする。
ノックもせずに扉を開け、アイの了承も得ずに話し始めるメアリー。慣れた光景ではあるがもう少し敬意を払ってもらいたいとアイは手を動かしながら思う。
「あの子とはヘルですか? 今日の任務は割と軽いモノなので問題ありません」
ほら、とすでに上がって来ている報告書をチラリと見せる。
余計な感情を引き摺らないようにするためか、ヘルの報告書を上げるスピードは異様に早かった。
報告書に書かれた文字はすぐに上司に共有される仕組みになっているとはいえ、時差のない細かい内容は今まで見て来た中で一番優秀だった。
最初は字も読めない散々な報告書だったが。
「ふーん。天に送る予定だった魂を死神界に連れてきたのね。何かあったのかな?」
「さしたる問題ではありません」
「おうおう、今日もひんやり冷たいね~」
その言葉にギロリと睨むとメアリーはニコニコと笑顔で応えた。
これだから、この死神は扱いづらい。
ほぼ同期なのでそれなりに長い付き合いがある。
お互いの仕事ぶりも知った仲だが、アイはメアリーのズカズカと人の懐に入ろうとする行動が若干苦手だった。
それに冷たくするにはそれなりの理由がある。
アイは自分の部下に対しては必要以上に優しくしないようにしていた。
この世界は甘くない。それに大抵罪を犯したものが集まる世界だ。人間社会と同じだと思う方がおかしい。だからこそ優しくなんてしてやらない。
「ってことは、佐倉結衣の方で何かあったのかな?」
「おそらくそうでしょうね」
死神としての一線を越えない程度に弁えているようなので、特に言及はしていない佐倉結衣との定期的な接触。
生きていた時に深く関わった人間との接触はあまりよろしくないが、別に禁止されているわけではない。遠回しにチクチク姑のように小言を言ったりしているが、そこまで効果がある様には見えないが。
今回の報告書で人間数名が現場を目撃していることは書かれていた。何をどう調べたのか全員丁寧に名前付き。その中に佐倉結衣の名前もあったことは把握している。偶然居合わせたのだろうが、ヘルは彼女が絡むと途端に精神を乱す。
この様子だと次の任務に影響が出てもおかしくない。
「メアリー、少し時間ありましたよね? こちらお願いします」
次にヘルに頼む予定だった任務をメアリーに振り、分厚い紙の束から一枚取り出す。
「私、死神統括部ですけど? 部が違いますけど? まあ暇だからちゃちゃっとやってきてあげてもいいけどさ~。人使い? 神使い? 荒くない?」
「さっさとお願いしますね」
ぶーぶー文句を言うメアリーを無視して、次にヘルに割り振るために取り出した資料に目を通す。
「おやおや~? その任務割り振るの? というかそれ、殺人処理部の管轄外じゃん」
隣から勝手に資料を見ていることはまあこの際いい。
彼女の言う通り、次に割り振る予定の任務は本来であれば他部署の管轄だった。
とはいえ、ヘルにはかなり効く任務であることは間違いない。
彼はどんなことでもやると言った。
今後のことを考えると、こちら側の経験もさせておく必要があるとは前々から思っていた。これに耐えられなかったら叶えたい願いとやらはそこで打ち切られる。
ただそれだけ。今、そのふるいにかけるタイミングかもしれない。
「まあ任務自体は軽いものでしょうね」
「あ、わかった。何か意図があるんだ? 何々~? わっるい顔をしているよ?」
「そんな顔していません」
興味津々に近寄ってくるメアリーを払い除けて、備え付けの電話機から資料室へと電話をかける。
思った通り、ヘルはまだ資料室にいるようで資料室長に声をかけてもらうようお願いをして電話を切った。
「ヘルが来るので出ていってもらえますか」
「そうやって私を邪魔者扱いして!」
実際に邪魔なのだから仕方ない。
部屋から追い出そうとするとメアリーはまたぶーぶーと文句を言い始めた。
一応ここは殺人処理部の部長室だし、なんならアイはブンカという役職でメアリーよりは上になる。ほぼ同期というだけで随分と馴れ馴れしいなと思う。
「あ、そういえばヘルくんに昇格試験受けさせないの? もう随分長いこと死神をしているのにまだ一番下の階級でしょう?」
文句を言いながらも部屋を出て行こうとするメアリーが思い出したかのようにアイに訊ねた。
「今はまだ受けさせません」
「その心は?」
「佐倉結衣から離れない限り、彼に昇格試験は受けさせません」
ヘルがこの世界にきてそれなりの時が経っていた。
死神としての期間も、こなしている任務の内容も、十分昇格試験に臨む資格がある。
だが、アイはわざと試験を受けさせないでいた。
「あ~なるほどね。確かに離した方がいいね」
アイの意図を理解したメアリーは何度も頷く。こういうとき仕事を知ったものは理解が早くて助かる。
「まあ……近々離れるでしょうがね」
いつも無表情なアイがフッと少しだけ笑ったのだった。




