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死逢わせ  作者: 夏目 莉々子
いちごミルク
21/54

いちごミルク⑩

 吉良鏡也は最後の一人を殺した後、血溜まりの中で動かなくなった。


 一ミリも動かない彼にヘルの記録の手も止まる。そのタイミングを見計らったかのように自身の任務が終わったメアリーがヘルの記録帳を覗く。


「うっわ! 字がヨレヨレじゃん」

「は、い……」

「まあ、初めての現場だし仕方ないか。多分それ、後で書き直しになるやつ」


 書き直しすることなんて正直どうでもいいと働かない頭が考えを放棄しかけた。でもまたこの光景を思い返すことになるのは苦痛だと思った。吉良鏡也がどのように人殺してこの後死んでいくのか、思い出したくないとそう思った。


 しばらくするとボソボソと独り言のようなものが聞こえてきた。よく耳を澄ますと『これで全部終わったよ』と、まるで誰かに話しかけているかのような吉良鏡也の声がした。

 先ほどまで狂ったように人を殺していた彼が別人のように優しく微笑んでいた。

 でもそれも一瞬のことで、すぐに硬い表情に変わった。


「……つまらない人生だった」


 そう言うと、手に持っていた刃物をなんの躊躇いもなく自分の首に突き刺した。


 鮮血が流れる。真っ赤に染まった赤い絨毯にボトボトと絶え間なくソレは落ちてゆく。混ざり合って匂いも濃くなった。吉良鏡也は身じろぎ一つせず、痛みなど感じていないかのようにゆっくりと目を閉じた。

 そしてあっという間に絶命したのだった。



 あっけない自殺だった。苦しむことなく死ぬことを受け入れた彼は眠るようにたった一人で死んでいった。最後の独り言の意味なんて分からない。考えられる余裕もない。まるで誰かのために三十人以上の人を殺してきたのではないかと、そんなこと、ぐちゃぐちゃの頭では考えられなかった。

 生きている人間はいなくなった。

 足はいまだに子鹿のようにガタガタと震え、字だってメアリーに指摘されるほどヨレヨレで何を書いてあるのか分からない。動揺して体が拒否反応を起こしていた。それでもやらなくてはいけないと分かっていた。これが死神としての使命なのだと分かっているのに心が掻き乱されてぐちゃぐちゃになっている。彼の行いが正当化されることは一生ない。

 だけど、だけど……。

 完全に場の空気に飲み込まれていたヘルの頭は今ここで自殺をした彼のことでいっぱいだった。


「同情は無意味だよ」


 そんなヘルの意識を元に戻したのは隣に立っていたメアリーだった。


「人を殺し、自殺をする行為は罪。誰も幸せになんてならない」

「はい……」

「さっさと魂狩りをして。やり方は分かるわよね?」

「分かり、ます」


 人を殺し、自殺をする行為は罪。そんな罪な人間の魂を狩り、死神界へ持ち帰ってくるまでが一つの任務だ。初めての魂狩り。まずは声がけ。それからと順序を頭の中で復習し、行動に移した。


「ジンシの名を持って、吉良鏡也の見送り神となる」


 そういうとすんなりと魂が体から引き離された。あとはその魂を手に死神界に帰ればいい。それだけのこと。それなのに手が伸びない。


 魂にまつわる資料や人伝でこんな話がある。

 魂に直接触れると死んだ人間の感情がダイレクトに伝わる、と。

 直接触れる魂は自殺した人間、殺人を犯した人間。いずれにせよ何かしらの罪を持った人間である。そんな人間が穏やかで温かい魂であることはかなり稀で、情緒の乱れた感情を持っていることは想像に難くなかった。

 嬉しい、楽しい、悲しい、死にたい、殺したい。

 今、目の前にあるこの魂はどんな感情だろうか。

 持ち帰る行為自体初めてなのに、その魂が自分に与える影響が計り知れなかった。


 大抵の者は大罪を犯して死神となる。こういった任務も当たり前でやるべきこと。だからこれは当然の報い。死神がどういうものか自分なりに理解してきたつもりだったがヘルは怖かった。触れたらどう思うのか。ただでさえ自分の心が乱れているのにそれにこれまで合わさったら、自分は壊れてしまうんじゃないのか?

 意を決して手を伸ばすとひんやりと冷たい感触が手のひら全体に伝わった。そしてワンテンポ遅れて吉良鏡也の魂の声が聞こえた。



『殺してやる』



 殺意と憎悪に満ちた声が、感情が、ヘルの身体中を駆け巡った。


『お前たちも俺自身もみんな』


 ビリビリと脳天まで殺意の感情が伝わってくる。


 殺したくてたまらない。殺さなくてはいけない。

 首筋に刃を立てて全ての温もりを、その体に流れている血を、消さなくては。

 無数の手に足を引っ張られ、沼に引き摺り込まれるような感覚。

 逃げようと必死にもがくも、もがけばもがくほど深い奥底まで引き摺り込まれる。

 黒い感情が身体中に染み渡り、もう何もかもがダメだとそういう感情に落ちていった。


 先ほど思った同情にも似た感情はすぐに上書きされた。そう思っていたことすら黒い感情に支配されて塗りつぶされた。


 ヘルはその場から動けなくなった。

 感情が引っ張られ、罪を犯した最低な人間どもを殺すべきだと、その事ばかり頭の中で考えていた。

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