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死逢わせ  作者: 夏目 莉々子
いちごミルク
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いちごミルク⑤

「本当に来たんですね」


 殺人処理部の部屋に入った途端、やたら近い距離から声がした。ヘルが来る報告を受けていたためか、ドアの近くにアイはいた。


「お久しぶりです。病処理部のヘルです」

「ここで話す内容ではありませんので別室に案内します。ついてきてください」

「はい」


 殺人処理部に入ったのは初めてだったが、病処理部と違って広い空間に忙しない空気が流れていた。飛び交う言葉もやたら物騒で『おい! 今日五人行けるか?』『プラス二人追加で任務に行ってください』と処理しなくてはいけない人が多いことを物語っていた。

 そんな中、アイに案内されて一角に設けられた打ち合わせルームへと足を運んでいた。


「座ってください。まずは君の話を聞きましょう」

「え……」

「何ですか? そのために来たのでしょう?」


 上司に話を聞いてもらうように取り計らってもらったけれど、こうもすんなりといくとは思っておらずヘルは少しばかり戸惑った。最初が最初だったので、アイからの嫌味の一つや二つは覚悟していた。


「いいから座ってください」

「あ。は、はい!」


 機嫌を損ねては聞いてもらえるものも聞いてもらえない。アイの指示通り椅子に座り、机におでこをつける勢いで頭を下げた。


「き、今日は時間を作って頂き、ありがとうございます」

「……顔をあげてください。時間は限られています。早速お願いします」

「はいっ」


 話す許可ももらえたところで、ヘルは自分の願いについてアイに話をした。

 この世界に来たときは話をまとめておらず、言いたいことを何一つとして言えなかった。そんな失敗があったからこそ、自分の上司、それ以上の位の死神に話すためにたくさんシミュレーションをしていた。ヘルが話している間、アイは口を挟まずじっと聞いている様子だった。相変わらず無表情で何を考えているのかわからない。人は何かしら表情に出る。それが微々たるものでもじっと見ていればわかるものだ。

 でもアイに関しては、本当に何も表情が動かない。だから話し終えた今、どう答えが返ってくるのか予測できなかった。

 良い返事か、悪い返事か。もし後者だとすればあの手この手を使って説得しなくてはいけない。ヘルに説得できるのか? きっとこの人のことだから一筋縄じゃ行かないはず。

 そう思っていると、じっと見つめていたアイの双眼は下へと視線を逸らす。

 その仕草にヘルはごくりと唾を飲み込んだ。少しでもこの緊張が解れればとテーブルの下で手をギュッと握ってみるがちっとも解れない。小刻みに震え続けるだけだった。


「ダメです」


 血の気がサッと引く感覚。目の前が真っ暗になるとはこのことかと身をもって体験する。崖から突き落とされたような絶望がヘルの心を染めていた。


「前にも言いましたがさっさと成仏してください。自ら毒を摂取する意味がわかりません」

「そん……っ」


 何か説得する言葉を言わなければと思えば思うほど、喉につっかえて上手く出せない。こうなることを予測して、いろんな説得方法を考えていたはず。

 それなのにたった一言『ダメです』と言われただけで、頭の中から何もかもが吹き飛んだ。


「話はこれだけですか? それでは失礼します」


 話は終わったと言わんばかりにアイは立ち上がった。それからヘルに構わず打ち合わせルームを退出しようとドアに向かって歩いてゆく。

 せっかく上司に取り次いでもらってできた機会。話を聞いてもらって想いを伝えることができた。悪い返事なんて予想できていたはず。むしろ上手くいくだなんてどうしてそんな甘い考えでいたのか。アイが部屋を出てしまえば、もう話す機会もないかもしれない。


 これは千載一遇のチャンスなのだ。


「……やです」


 ドアノブに手をかけたアイがぴたりと止まる。振り返った彼とヘルは目が合った。


「何か言いましたか?」

「嫌です、と言いました」


 そう、結局は嫌なのだ。自分自身が願いを叶えないなんて嫌でありえない未来。最初から無理を通すつもりで諦める気なんてこれっぽっちもなかった。

 どう取り繕ったって、根底にはそんな気持ちがあった。


「成仏する気はございません。毒を摂取することになっても構いません」


 手の震えはいつの間にか止まっていた。


「絶対に叶えたいんです」

「ダメです」

「嫌です。お願いします」

「諦めてください」


 ヘルの言うことを頑なに拒否するアイだが、彼は決して無理とは言わない。不可能や出来ないなども言わない。最初からダメ、諦めてくださいという言い回しばかりだった。

 それはつまり、ヘルの願いは叶えられると言うことなのでは? ずっと嫌とばかり言っても同じ問答を繰り返すだけ。一歩踏み込んだ言葉が必要だとヘルは思った。


「アイさんは『ダメ』と否定するけど『無理』とは言わない」

「……それで?」


 スッと目を細め、何かを見極めるようにヘルをじっと見つめる。『無理』とは言わないことに関してヘルの読みが当たっていたのだろうか。


「どうしても叶えたいんです。お願いします」


 言い合っているうちに自然と席を立っていた。その足でアイの前まで行き、再び頭を下げる。

 視線の先には彼の足元が見え、足先はヘルの方向を向いていた。


「仕事がありますので失礼します」


 だがすぐさまドアの方に足先が向き、アイは打ち合わせルームから出ていってしまった。

 バッと頭を上げて部屋を出ていったアイを追う。閉じられたドアを開くとアイはもうどこにもいなかった。

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