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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる  作者: 阿井りいあ
二人は婚約者編

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26 メアリと家族の繋がり


 控えていた使用人たちの安堵の表情を視界の片隅で捉えたメアリは、心の中で謝罪しつつ二人から一つずつ話を聞きだす。


 途中、話に割って入りたいことが何度もあったがじっと耐え、最後まで聞き終えたメアリはふぅと一つ息を吐いてから少々疲れたように口を開いた。


「なにがどう伝わったら、フェリクス様が私を夜の王都へ一人放り出す話になるのでしょう……噂って怖いですね」


 ディルクとナディネの中で、フェリクスは仲違いし必死で許しを請うメアリを鬱陶しいと夜の王都に放り出し、悪漢に襲わせた非情な男になっていた。


 噂とは往々にして少しずつ真実が捻じ曲げられ、曲解され、おかしな方向に話が変化するものではあるが、ここまでフェリクスが悪として話がされるのはさすがに変だ。


(この二人は特に心配性と思い込みが激しいから……)


 恐らく、フェリクスにメアリを取られたという思いから悪い想像が膨らみ、この二人の間でだけここまで酷いに話になったのだろうとメアリは結論付けた。

 なぜなら、他の場所でこのような話は一度も耳にしたことがないからだ。


 話し終えてからのメアリがしばらく無言だったこともあり、ディルクもナディネも不安に瞳を揺らしながら見つめてくる。


「あの、メアリ? 辛い思いをしたよね。でももう大丈夫! 私たちが来たからすぐにでも……」

「まず、シュミット家の皆さまはとても優しく親切にしてくださっています。フェリクス様は迷子になっていた私を一人夜の王都を駆け回って探し、助けてくださったのですよ? その噂は酷すぎます」


 再びナディネが暴走し始めたのを、メアリが強めの口調で遮って止めた。


 メアリは終始にこやかだが、そこはかとなく漂う怒りのオーラを感じたのか鎧の親娘はピンっと背筋を伸ばした。


「し、しかしだな、メアリ。一人で王都に放り出されたと……それは紛れもなくフェリクス卿の責では」

「お父様、ナディネ姉様。なぜ誤解だと言っているのに信じてくれないのですか? さすがに私も……それ以上は、許しません」


 ついには父ディルクの言葉も遮って、メアリはピシャリと言い切った。


 冷静にさえなれば、この二人だってその噂が真実ではないことくらいわかるはずなのだ。

 メアリを心配しすぎるあまり、暴走してユーナに叱られることがよくある二人。


 今のメアリはその母ユーナを彷彿とさせた。


「……我々は勘違いをしていたようだな」

「そ、そのようですね。ごめんなさい。メアリ、怒ってる……?」

「わかっていただければよいのです。心配させてしまったのは私ですし、駆け付けてくれたことは嬉しいですから。本当にごめんなさい。それから、ありがとう」

「メアリ……!」

「メアリぃ!」

「あっ、ハグはダメですっ! 鎧は痛いので」

「ぐぅっ」


 どうなることかと思われた二人の襲撃だったが、メアリのおかげで誤解も解け、穏便にすんだようだ。


 ここでようやく使用人たちがお茶を淹れてくれ、穏やかな雰囲気の中、家族水入らずの会話が続く。


 途中、メアリを騙して町に放置したペンドラン侯爵家の使用人に対して殺気が漏れはしたが、自身の手でやり返した旨を伝えるとメアリを褒め称えもした。


 会話が一度止まったところでディルクがお茶を飲み干しカップを置くと、静かな声で口を開く。


「メアリ。今回のことは誤解であったが、危険な目に遭ったのは事実だ。一度ノリス領に帰ってはもらえないか? 手紙で誤解は解けるかもしれないが、ユーナもフランカもメアリのことをとても心配している。安心させてやってほしいのだ」

「道中は私がメアリを護衛するから! 女性騎士団の団長にもかけ合ってみる!」

「ナディネ、お前は入団したばかりだろう。ワガママを言っては規律が乱れる。所属は違うが同じ騎士として見過ごせん」

「そんなぁ……」


 ディルクの言い分はもっともだ。

 ユーナもフランカも王都がノリス領に比べて危険の多い場所だとわかってはいても、事件が起きてしまった以上きっとメアリのことを心配していることだろう。


 メアリとしても、自分のせいで気を揉ませてしまったことは心苦しく、できることなら直接会って安心させてあげたかった。


「そうは言いましても。もうそろそろ結婚式の準備で慌ただしくなります。ノリス領までの道は遠いですし……」

「メアリ。それこそ結婚式が近づいたら余計に帰る暇がなくなるだろう。結婚後だってしばらくは動けまい。式にはユーナやフランカも来るが、それまで心配させ続けるつもりなのか?」


 もっと気軽に行き来できる距離であったならよかったのだが、行って帰るだけでも一週間ほどかかってしまう。

 当然、家族は数日間の滞在をさせるだろうから、下手すると半月は王都に戻って来られないことが予想される。


(今しかないのもわかるわ。でも……そんなにも長く、フェリクス様と会えなくなってしまうのね)


 メアリの心に寂しさが募る。

 結婚式までに愛を告げてもらうのが目標だが、それなりに時間はあるし作戦もやりようがあるはずだ。


 メアリは気持ちを切り替えて答えた。


「……わかりました。スケジュールを調整してみます。あまり長く滞在はできないと思いますが」

「それでいい。顔が見られるだけでも安心するものだ」

「お父様が言うんだもの、説得力があるよね? なかなか家族に会えなくて、久し振りに会えた時のお父様は本当に嬉しそうでしょう?」

「そうですね。お母様やフランカ姉様をしっかり安心させてきます」


 これでもう後には引けず、フェリクスと会えない期間ができてしまった。

 

(でも、結婚後はずっと側にいられるのだもの。今は家族を大事にするべきよね)


 胸に広がる寂しさをしまい込み、メアリはふわりと笑った。


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ディルク『逆に、ユーナとフランカを王都に呼んで、結婚式まで家族で過ごせばいいのでは?』 ナディネ『それ天才!!』 メアリ『色々無理があります』
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