15 侯爵令嬢の介入
最近、ペンドラン侯爵家にはやたらと王女からクラウディアに宛てた手紙が届く。
昔から王女たちとは親交はあったが、ここまで親しいとは屋敷の誰も思っていなかった。
おかげで「我らがお嬢様は王家の信頼が篤いのだ」と、もともと盲目的に屋敷の者たちから慕われているクラウディアの好感度が急上昇し続けている。
ある日、クラウディアはメイドの一人にシュミット家へ手紙を出してくるよう指示を出した。
これまで何度も恋文を送っていたため、侯爵家の者たちにとってその指示は聞き慣れたものであったが、婚約が決まった相手に送るのはさすがに問題がある。
言いにくそうに戸惑う使用人を見て心配を察したクラウディアは、フンと鼻を鳴らしながら腕を組んだ。
「何を勘違いなさっているのかしら。宛名をよくご覧になって」
「えっ。あ、メアリ・ノリス様宛……?」
「そうよ。王都のことを教えると約束したの。一緒に町へ出かけるお誘いの手紙よ」
プイッとそっぽを向きながら告げたクラウディアに対し、使用人は涙ぐんだ。
これまでずっと恋い慕ってきた相手の婚約者に友好的な態度を示すなんて、我らのお嬢様はどれほど愛情深いのだろうと。
一方、クラウディアは言い訳をするかのように聞いてもいないことを話し続ける。
「わたくしがよく利用するお店に案内するだけですわ。行き先も時間もきちんと書いて、シュミット家の方々を心配させないよう配慮いたしましたの。王都に慣れていないノリス伯爵令嬢に最大限配慮したスケジュールを組みましたし、楽しんでいただけると思って。彼女がそれでも来てくださるというのなら、ですけれど」
クラウディアはフェリクスが自分を警戒しているだろうことをよくわかっていた。
振り返ってみれば自らの行いはかなり迷惑なものだったと自覚しており、嫌われていても仕方がない、とこれでも反省しているのだ。
そんな自分とメアリが一緒に出かけると聞けばきっと心配するだろうと予想し、手紙に懇切丁寧に記した。
事前に訪問する店がわかれば確認も取れるだろうという、精一杯の気遣いだった。
「突然の誘いだから断っても構わないとも書きましたわ。送ってはいけないような内容かしら」
「い、いえ! お優しいクラウディアお嬢様のお気持ちはきっと届きます! すぐに出してまいりますね!」
グスッと鼻を啜りながら感激した様子で告げたメイドは、あっという間に屋敷を出ていく。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、クラウディアは腕を組んで複雑そうな表情を浮かべた。
(どうして引き受けてしまったのかしら)
クラウディアは、王女たちからきた手紙の内容を思い出しながら目を閉じる。
内容は予想していた通り、メアリとフェリクスの背を押す協力をお願いしたいというものだ。
王城で王女たちとメアリを見た時、クラウディアは怒りとも嫉妬ともつかない不快感を覚えた。
それが誰に対するものなのかはわからない。
元々あの日は王女たちと約束していたわけではなく、ちょっとした用事のついでに立ち寄っただけだったため、王女たちとお茶をするメアリを見ることになったのは偶然でしかなかった。
(フェリクス様に愛されている自信がなさそうな、彼女の姿に苛つくのだわ)
自分には向けてもらえなかった感情を、メアリは向けてもらっている。
誰が見てもわかることなのに本人にだけは伝わっておらず、それどころか愛されていなくても仕方がないと割り切っているように見えるのも、クラウディアには許せなかった。
(それなのに協力しようとしているなんて。ますますフェリクス様から嫌われるってわかっているのに、わたくしったら)
たとえ王女からの頼みであっても、嫌なら断ることだってできる。
けれどそうしなかったのは、クラウディアがフェリクスに対してちょっとした仕返しをしてやりたいと思っているのかもしれなかった。
王女たちからの頼みは簡単なことであり、クラウディアにとっては残酷なことでもある。
メアリと毎日のように遊んで、フェリクスが嫉妬するほど仲良くなってほしい、というものだ。
それはつまり、クラウディアにフェリクスの嫉妬の対象になれということだった。
本来なら王女たちがその役目をしたかったそうなのだが、王妃に叱られたことで今は身動きが取れない。
動けるようになったとしても、王女たちがそうした行動を起こせば勘付かれそうな上、またこっ酷く叱られることだろう。
一方クラウディアなら、メアリと親しくしたところで咎める者はいない。
いたとしても、止められる者がいないのだ。
それがフェリクスであったとしても、メアリが望むことなら止められはしないだろう。
(きっと、イェルカ様は私に想いを吹っ切れとおっしゃりたいのだわ。残酷な提案だけれど……今後の関係を悪化させないためだって理解はできるもの)
クラウディアとてシュミット家との敵対は望んでおらず、なによりはやくこの片思いにケリをつけて次に進みたかった。
別の婚約者候補を見つけなくてはならない今、こんな心持ちでは話が進むものも進まない。
「意気地なしのフェリクス様やノリス伯爵令嬢に堂々と八つ当たりをさせてもらえるいい機会だわ。ハッキリと愛の言葉も伝えないなんて。仲睦まじい姿を見せつけられたほうがずっとマシよ」
手紙も出した今、もう後戻りはできない。
失恋した相手とその婚約者の仲を深めるための当て馬になるのは少々癪だが、クラウディアは自分のためにも王女たちの頼みを聞くことを決めたのだ。




