12 フェリクスと王女たち
お茶会が大好きな王女たちは、暇さえあればサロンでお茶とお菓子を楽しみつつお喋りに花を咲かせている。
招待するメンバーは日によってさまざまで、王女二人だけで楽しむこともあれば大人数を呼ぶこともあり、一人だけを特別に呼ぶこともある。
昨日はメアリと途中からクラウディアを交えて、そして今日は。
(なぜ僕がこんなところに)
なぜかフェリクスが呼ばれていた。
ニコニコと意味深な笑顔を向けてくる王女たちの視線を華麗にスルーしながらフェリクスは紅茶のカップを傾けている。
もちろん、今日もフェリクスには仕事がある。
いつものように城に到着すると王女二人が待ち構えており、有無を言わさずここまで連れてこられたのだ。
仕方なくフェリクスはアルフォンスへ知らせるよう指示を出したのだが、頼まれたマクセンの羨ましげな視線も鬱陶しいことこの上なかった。
(ただでさえ面倒な予感しかしないというのに。王太子殿下には王女殿下方へきちんと注意をしていただかなくては)
そうは言っても妹たちに甘すぎるアルフォンスには期待できない。
つい昨日、陛下から叱られたはずだというのに王女たちにはほとんど響いていないらしい。
フェリクスが学習しない王女たちに対してため息を吐きたいのをグッと堪えていると、イェルカがにっこりと微笑みながら口を開いた。
「今日お呼びしたのは貴方に聞きたいことがあるからですわ、フェリクス」
「正直に答えてくれるまで、お仕事させませんからね!」
「わざわざ場を用意せずとも、王女殿下方からの問いにはいつでもお答えするのですが」
それに、自分に仕事をさせないことで困るのは主に彼女たちの兄であるアルフォンスなのだが、フェリクスはあえて黙ることにした。
「これは内密にすべきことですもの。その辺で気軽に話す内容ではないのですわ」
急に声を潜めたイェルカに、もしかすると深刻な話なのかもしれないと思い直したフェリクスは佇まいを直す。
「内密、というと?」
「単刀直入にお聞きします。フェリクス、貴女メアリに愛していると言ったことがありますか?」
「……は?」
彼女たちの真剣な眼差しにどんな話が飛び出すのかと身構えていたフェリクスだったが、続けられたウルスラの言葉には思わず間の抜けた声を上げてしまった。
質問の意味を理解はできたが、一体どんな答えを求められているのかがわからないフェリクスはしばし閉口する。
(わずかでも真面目に聞こうとした僕が馬鹿だった。まったく、王女たちの年頃の女性というのは本当に……)
人の仕事を遮ってまで色恋の話を聞こうとする非常識さに、相手が王女といえどフェリクスも脳内で悪態を吐きたくなってしまう。
いや、相手が王女だからこそ強く断れない分たちが悪い。
二人の真剣な眼差しが、今は興味本位で輝いているようにしか見えなくなっていた。
「さぁ、答えてくださいまし! どうなんですの!?」
「……婚約者とのプライベートなことにはお答えいたしかねます」
「いつでも答えると言ったじゃないですか!」
「なんでも答えるとは言っておりません。イェルカ殿下、ウルスラ殿下。そもそもそういった質問をするのはあまり褒められたことではありませんよ。はっきり申し上げまして、上品とは真逆です」
「い、言いますわね……けれどフェリクス。これはメアリのためでもあるのですわ」
「そうですよ! 想いは告げてこそですよ!」
淡々と言葉を返すフェリクスに一瞬イェルカも怯んだ様子だったが、ウルスラからの援護によって再び勢いを取り戻していく。
フェリクスはそれを口元にだけ笑みを浮かべて聞き流すことにした。
「世の中には言わなくてもわかる、なんて思う殿方が一定数いるのですって。でもそれはよくないと思います!」
「ええ、そうね。女性側からすると、言葉にしていただかないと不安になるものですわ。女性でなくても、気持ちは言わなければ伝わりませんわよね?」
「何より、愛していると言われたら嬉しいはずですもの!」
勢いが止むまで聞きに徹していたフェリクスだったが、さすがにウルスラが最後に告げた一言にはずきりと胸が痛んだ。
(本当に愛し合っていたのなら、僕だって告げている)
フェリクスは、愛し合う二人を演じてきたことが足かせになっているのだとつくづく実感させられた。
最近になってようやくメアリに意識してもらえたところなのだ。
距離は詰めていきたいが、焦ってはならない。
メアリがフェリクスに思いを寄せていると確実に思えるまで、その言葉を直接伝えるわけにはいかないのだ。
それがわかっているというのに、メアリの気持ちがまだ自分に向いていないという事実がフェリクスを落ち込ませる。
(その言葉だけは、メアリに演技だと思われたくない)
普段から口にしていたら本気で伝えた時に信じてもらえないだろうとわかっているからこそ、軽々しく口にすることができないでいるのだ。
それはそれとして、今はこの状況をどうにか脱したいところ。
フェリクスは気持ちを落ち着かせるため、淹れてもらった紅茶を飲み干すと、いつも通りの笑みを浮かべて口を開いた。
「さて、そろそろお時間ですね」
「えっ!? まだ貴方から話を聞いていませんわよ、フェリクス!」
「そうよそうよ! さっさと白状しなさいっ」
「何を白状するのかな?」
「きゃあっ! お、お兄様!?」
突如、会話に参加してきた別の声に王女たちは飛び上がらんばかりに驚いた。
フェリクスは懐にしまってある懐中時計をちらっと見ると、とても良いタイミングでアルフォンスを連れてきたマクセンに視線を向けて小さく頷いた。
マクセンは得意げに微笑んでおり、フェリクスにだけわかるようにこっそり親指を立てている。
「ごめんなさい、お兄様。でも、どうしてもフェリクスに聞きたかったの」
「え、何を?」
「フェリクスがちゃんと、メアリちゃんに愛の言葉を伝えているかどうかです!」
「それは私も気になるな。どうなの、フェリクス?」
しかし、アルフォンスが加わったところでこちらに興味を持つ者が増えただけとなったようだ。
とはいえそれも概ね予想通りの反応で、フェリクスはやれやれと肩をすくめる。
伊達に長いことアルフォンスの補佐を務めていないのだ、彼の扱いには一番慣れていた。
「では、今日はアルフォンス殿下も一緒にここで語らいますか? 別に僕はこのままお茶を楽しませていただいても構いませんよ?」
「本当か!? ……あっ、ダメだ。今日は午後から会議で、今のうちに仕事を終わらせてもらわないと私の睡眠時間がなくなってしまう!」
「会議の後、アルフォンス殿下がいつも以上に集中してくだされば夜も早く眠れるかと」
「無理なのをわかっているよね? あー、悔しいっ! イェルカ、ウルスラ。残念だけどフェリクスは連れて行くからね!」
「そんな!?」
思った通りに話が進み、ようやくお茶会から解放されたフェリクスはすぐさま席を立つ。
「美味しいお茶をごちそうさまでした。それから……もしまた僕を誘ってくださるのなら事前にお知らせください。これは知っておかねばならないマナーですよ」
こうしてフェリクスは、今日もまた背後で王女たちの文句を聞きながらこの場を去ることになった。当然、昨日に引き続き陛下の耳に入れるつもりだ。
こういうところがますます王女たちから疎まれる部分なのだが、フェリクスは気にもしていない。
(メアリと年が近いというのにどうして王女たちはこんなにも幼いのか。王族としての自覚をもってもらいたいものだな)
そう思う一方で、先ほど彼女たちから聞かされた話がいつまでも頭に残っていた。
(愛の言葉は告げられないが……わかりやすいアピールくらいはするか)
メアリと出会う前であったら一笑に付したであろうやり取りも、片思いをしている今なら素直に聞ける部分もある。
フェリクスは帰りに花でも買っていこうと脳内にメモをした。




